声に出していた
今年の体育祭以来、私の中で二年生の白布くんは特別な存在になった。近くにいるとチラチラ見てしてしまうし、彼の姿を見た日は舞い上がるような気持ちになる。
二年生の教室の廊下を通る時、いつも彼のことを無意識に探してしまっている自分がいる。意識しまいとすればするほど、意識してそわそわしてしまうのだ。
今日も私は無駄に遠回りをして、わざわざ二年生の教室の前を通る。すると、なんと白布くんが前から歩いてくるではないか。これは間近で見るチャンスだ。
「はあ…。白布くんカッコいい」
私はすれ違い様に心の中で叫んだ。白布くんと同じ空間にいるだなんて、不思議な気持ちになる。まるで、好きな俳優の舞台を観にいった時のように心が高揚する。
「え」
白布くんはピタッと立ち止まり、短く声を上げ、明らかに驚いた顔でこっちを見ていた。何だ。何でこっちを見ているんだ。
彼が無条件で私のことを見るはずがない。と、すると、もしかして…。
「私、今、声に出して」
「言ってました」
「!!」
私はあまりのショックで固まった。
もしや、とんでもないことをしでかしたのでは。しかも、白布くんが一歩こちらに近付いてきた。他の誰でもなく私の元にだ。
どうしよう。何を言われるんだろう。混乱した私の頭の中はぐるぐると回っていた。
「あの、ありがとうございます」
私が身構えていると、白布くんは私に対し、スッとお辞儀をした。
「あ、いえ」
私も彼につられてお辞儀をした。そして、白布くんはそのままスタスタ進行方向に歩いていった。クールな子で助かった。
しかし、私はなんてことを口走ってしまったのだろう。私は教室に戻り、しばらく自席に座り込み頭を抱えた。
「あの」
魂が抜けたように席で突っ伏していると、先ほど聞いた声がした。私がビクッと慌てて顔を上げると、そこには白布くんがいた。
「!!」
私はまた驚き、固まった。
「少し、いいですか」
「えっ!?…は、はい」
一体何の用事だろう。私に用があるだなんて思えないのに。
「期待してもいいですか」
「えっ!?…何を?」
「俺のこと、カッコいいって言いましたよね」
「えっ、あ、はい」
「それなら…」
すると、白布くんはそこで私から視線を逸らして黙ってしまった。
「…あっ!もしかして、バレンタイン?」
「え?」
そういえば、もうすぐバレンタインだ。男の子なら当然欲しいだろう。多くもらったら自慢も出来るし。
「チョコが欲しいの?」
「…あ、はい」
「じゃあ、用意する!」
「ありがとうございます」
やっぱりチョコの催促だった。高校生活最後のバレンタイン、こんな素敵な子に受け取ってもらえるだなんて、きっと思い出に残るだろう。事前に約束が出来て嬉しい。
「あの、それもですけど」
「ん?」
「あ、えーと。その前に、俺のこと覚えててくれたんですね」
「うん。だって、体育祭の借り物競走で私のこと借りてくれたでしょ。ものすごく強烈な印象だったよ」
「その節はご協力ありがとうございました」
「どういたしまして。あ、どうぞ、良かったら座って」
「はい。失礼します」
私は前の席の椅子を引き、白布くんに座るように勧めた。すると、彼は遠慮することなく横向きに座り、私の方に顔を向けた。
「そういえば、あの時の借り物競争のお題って、何だったんだろ。三年生の女子とか?」
「いいえ」
「?」
じゃあ、何だろう。私は首を傾げた。すると、白布くんは私から目線を外した。
「憧れの先輩、です」
彼は少し言いにくそうに言った。
「えっ、うそ」
「嘘じゃないです」
「憧れって、だって、私よりずっと素晴らしい部活の先輩たちが…」
「お題が『憧れの先輩(異性)』だったので」
異性、そっか。だからか。
ってなるわけがない。
「え、何で、私?…あれ?…偶然、近くにいたから連れてきたとか?」
「近くにはいなかったですよ。わざわざ探して見つけたんです。だから、二位でした」
「あ、うん。二位だったね」
つまり、どういうことだ。私は何で選ばれたんだ。理由が分からない。
「あの、バレンタイン。楽しみにしてます。じゃあ」
「えっ」
白布くんはスッと立ち上がり、前の席の椅子を机の下にしまった。
「絶対、忘れないでくださいね」
「うん!」
きっと、私がその約束を忘れる日は一日もないだろう。すると、立ち上がった白布くんは私をじっと見下ろした。
「俺のバレンタインチョコ、ゼロにしないでください」
「え?」
「好きな人からしか、受け取らないので」
そう言って、白布くんはスタスタと早歩きで教室を出て行った。
「え…」
今、何が起こったのだろう。私はとてつもなく混乱し、彼の去りゆく姿を見届けることしか出来なかった。
近くにいた子たちが黄色い声を上げて騒いでいたけど、その声はとても遠く感じた。