番外編:青葉城西



私の父は接骨院をやっている。場所は青葉城西高校のすぐ近く。だから、部活で怪我をした高校生がよく来たりする。

その日は父から届け物をしてほしいと言われ、私は学校から帰宅後、着替えてから自転車で父の接骨院に向かった。

接骨院の駐輪場に自転車を置くと、駐輪場に隣接する診察室の窓から父が顔を出した。



「ああ、●●ちゃん。ありがとう」

「いいえ」

「そうだ。ついでに、及川くんを学校まで送ってあげてよ」

「え?」



父はまた、私に頼み事をした。



「あ、俺一人でも大丈夫ですよ!」



すると、診察室の中から明るい感じの声が聞こえた。姿は見えない。



「足が大丈夫だから、練習に戻ってもいいってことなんですよね?」

「そうなんだけどね、今日は練習試合なんでしょ?…ほら、通常練習ならいいけど、いきなり激しいのは控えてもらいたいからね。念の為にうちの娘に試合の様子を少し見てもらおうと思うんだけど」

「大丈夫ですって!自分の体は一番大事ですから、無茶なんてしませんよー!」



父は私を監視役として使おうとしている。一方で、及川くんは遠慮をしているのか、一人で行きたいのか。それか、どちらもか。



「お父さん、患者さんが嫌がってる。私はもう帰るよ」

「んー。無理強いは良くないか。じゃあ、●●ちゃん。同級生なんだから、及川くんに挨拶だけでもして」



父にそう言われ、私は窓から診察室を覗き込み、挨拶をするために及川くんと顔を合わせた。すると、彼は目をぱちくりとさせた。



「うわ〜っ!可愛いお嬢さんですね!ぜひとも、送っていただきたいです!」

「ははは、及川くんは上手いね」



及川くんは急に気が変わったのか、先程と意見を変えた。そして、彼の希望で、私は学校まで彼を送ることになった。



「●●ちゃんだったよね!俺は及川徹です!お父さんにはいつもお世話になってます」

「こちらこそ。いつも怪我の際は来てもらっているようで」



徒歩で学校へ移動する際、及川くんが会話を始めた。まだ会ったばかりだけど、彼は人に気を遣うのが上手いんだと思う。

だけど、なんだろう。
なんとなく嫌な感覚がある。



「●●ちゃんは、白鳥沢だっけ?」

「うん」

「頭いい学校だよね」

「青城も偏差値高いって聞いてるけど」

「まあね。俺はスポーツ推薦だけど。それに、白鳥沢はバレーも強いよね」

「バレー?」

「うん、バレーボールね。俺もバレーやってるから、白鳥沢はよく知ってるよ。あ、バレーは興味なかった?」

「あんまり…」

「あはは、正直だね。でも、試合を観たら、きっと興味が出るよ」



少し雑談しているうちに、青葉城西高校の門に着いた。第三体育館と書かれた体育館に入ると、及川くんは先生に念入りにアップしてくるように言われ、練習試合で仕切っているネットの向こう側に行ってしまった。

私は何もすることがなかったので、邪魔にならないように、体育館の上のところに登った。他の生徒もいたから。

そこで行われていた練習試合を見て、私は驚いた。上から打つサーブも、ジャンプするサーブも、生まれて初めて見たからだ。スパイクもブロックも、テレビではプロがやっているのを見たことがあったけど、高校生もこんなにレベルが高いだなんて知らなかった。

そして、一気に色々な情報が飛び交いすぎて頭が追いついていない時、他の選手よりも背の低い選手が、高く高く飛んだのだ。



「…飛んだ」 



私は思わず口に出してしまった。いつもなら冷静に黙って見ていられたはずなのに。こんなことは初めてだった。

そして、及川くんのアップは終わり、彼はコートに入ってサーブを打とうとしていた。私はそれを見る役目だったので、意識して見ることに集中した。彼のサーブは他の選手よりもすごいのだと素人目にも分かった。こんなに勢いのある動きをするなら、怪我もしやすいだろうし、接骨院にも通うのも納得だ。

試合が終わったので、私は体育館の上から降りた。すると、くいっと誰かに背中あたりの服を軽く引っ張られた。



「何でいるの」



この声、知ってる。振り返ってみると、やはり、そこには知り合いがいた。



「ちょっと用事で。じゃあ」



私はそれだけ言って、すぐに帰ろうとした。しかし、今度は先程よりも強い力で、ぐいっと引っ張られた。



「何の用事?」

「お父さんに言われて」

「おじさんに?」

「うん。及川くんが軽い捻挫だから、学校まで送って練習の様子を見てこいって。だから、別にあきらくんを見てたわけじゃないから。気にしないで」



私がそう言うと、英くんは少しムッとした顔をした。やっぱり、私に試合を見られたくなかったんだ。



「別に、見てもいいけど」

「だって、試合には来るなっていつもお母さんに言ってるんでしょ」

「姉さんには言ってない」



英くんがそう言うと、周りにいた選手達が一気に近付いてきた。



「国見の姉ちゃんか?…似てるな」

「ホントだ。雰囲気そっくりだ」



わっと囲まれた。
全員背が高くて、壁みたいだ。



「お姉さん、俺は矢巾秀といいます。以後、お見知りおきをっ!」



その中で、キラッとしたオーラを持つ子にそう言われた。



「私は○○です。よろしくお願いします」

「えっ!国見さんじゃないんですか?」

「実の姉じゃないんです。ちょっとした親戚で。えーと…」

「あ、お帰りですか?」

「うん」



私が矢巾くんに帰りたいと言うと、彼はバッと他の部員をどけて道を開けてくれた。それから、私はすぐに帰ろうと思ったけど、先程のよく飛ぶ子を見たかったので、門の近くでさりげなく出待ちしてみた。

門の方を少し遠目から見ていると、及川くんがやってきて門にかっこよく寄りかかっていた。そして、烏野高校の選手達が通るタイミングで何か話しかけていた。

そのやり取りが終わった後、私は及川くんに見つかった。



「お、●●ちゃん!今日はどうだった?」

「及川くんの言った通りだった。バレーってすごい。私、烏野高校を応援する」

「何でっ!?」



私は逸る気持ちを抑えきれず、及川くんに別れを告げ、すぐに接骨院まで走って戻った。

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