本当の恋、真実の愛、そんなアホみたいなこと抜かすつもりはない、が、せめて俺自身を見てほしいと思うことは、このご身分で、我が儘なことだろうか。俺がモデルを辞めたら、バスケ部を辞めたら、おまえも彼女を辞めるんだろと問い質したくなる。視線の先の女の子の言葉を聞きながら、眉をひそめた。

「私の彼氏モデルやってるんだよ!」

「モデル? 短期の読モとかじゃなくて?」

この子ならあるいは、なんて考えた俺が悪かったのか。中学生活も終わりが近かったあの日、真っ赤な顔で泣きそうになりながら、黄瀬くんが好きって言ってくれたのも、演技だったわけですか。別の高校に進学して目を離した途端、これだ。

「違う違う、名前言ったらわかると思うな」

「ええーっ誰だれ!」

「ふっふー、教えなーい」

「……名前」

遮るようにして、校門近くまで来た彼女の名前を呼ぶ。こちらを向いた彼女が、驚いたような表情になって、それから少し頬を緩めた。「ちょっと、あれキセリョじゃない!?」「え、うそ、本物?」ざわざわざわざわ、うるせーなーほんと。ばたばた駆け寄ってきた彼女の腕を引いて、人気の無い場所を探した。俺よりだいぶ小さな彼女は、俺に引っ張られて慌てて足を動かしている。

「黄瀬くん、どしたの?」

「どしたの、じゃないっしょ。久々に一緒に帰ろうと思って迎えに来たんスけど」

「えっでも黄瀬くん怒って、る」

「あんなの見せられたら、ねえ」

あんなの? 本気でわからないようで、名前は首を傾げた。人がいない小さな道に連れ込んで、向かい合う。名前は不思議そうな表情をしている。そんなに俺を失いたくない? モデルと付き合ってるなんてステータス、なかなか得られないっスもんねえ。

「なんであそこで名前言わなかったんスか? 俺の名前言えばもっと盛り上がってたっしょ」

「え、そうだけど、でも迷惑でしょ?」

「はあ? 当たり前じゃん、あんた今更俺に迷惑とか言うの」

「ねえ黄瀬くん、なんで怒ってるの……」

だんだんと、泣きそうな表情になりながら、名前は俺に縋った。まだわからないらしい。思わずため息を吐く。びくんと彼女の肩が跳ねた。

「俺がモデル辞めたら、名前も別れるんスか?」

「な、んで、そんなこと言うの」

「結局名前も肩書きだったんでしょ」

「ちがう、ちがう、黄瀬くん」

ついに名前の目に涙が滲んだ。なんであんたが泣くの。意味がわからなくていらいらする。俺の名前を呼ぶ声が、酷く切なかった。

「自慢したかったの、私の好きな人はこんなに凄い人なんだよって、すごいって言ってくれるのが嬉しかった、の、……黄瀬くんのこと、好きなんだもん」

「……は、」

「ごめんなさい、気分悪いよね、知らないとこで自分の話されるの」

クラスで黄瀬くんの話になるたびに、凄いでしょ、って言いたくなったの。この人が私が好きな人なんだって、自慢してやりたかった。でも黄瀬くんの彼女が私みたいなのだってばれたらきっと迷惑だなって思って、我慢してたけど。そんなふうにぼろぼろ泣きながら言う彼女に、どうしていいかわからなかった。彼女が友人に自慢していたのは、確かに俺のことで、でも、そんな俺を彼氏に持っている自分自身のことではなかった、らしい。

「好き、すきだよ、黄瀬くん、もうあんな話しないから、きらいにならないで」

信じていいのか、そう自分に問いたかったが、彼女の泣き顔を見ていると、疑う余地も無いような気がした。あるいは、こうやって泣いてくれる彼女になら、もう騙されてもいいかもしれない、なんて、俺らしくないわーと内心嘲笑。どうでもいい、今は彼女の涙を止めてやるのが先だ。
彼女の涙を拭う。こちらを見上げた顔は不安げで、こんな表情をさせてしまったことが不甲斐なかった。嫌いになんてなれない。この子がくれた愛情は、不器用で、真っ直ぐで、こんなにも愛しい。

「すいません、俺、誤解してたっス」

「う、ん?」

「……名前っちがそんなことできるわけねーもんな」

「え、え、きせくん?」

中学生の頃から、そういえばどこか抜けてる子だった。思い出して笑うと、名前はきょとんとした表情でこちらを見上げる。

「名前っち、ごめん」

「黄瀬く、」

「大好き」

抱き締めると甘い香りがする。耳まで赤くなった彼女を、さて、どれだけ愛してやれるだろう。まずは家に帰って、暖かいコーヒーを煎れてあげて。それから一緒に何処かに出掛けようか。単純に簡単に機嫌が直ってしまった自分に気付いて、きっとこれが、巷で本当の恋だとか真実の愛だとか呼ばれているものなんだと思った。

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