恋なんて知らなさそうな緑間くんのことだから、私の言葉にもいい返事はどうせ返ってこないのだろうと思っていた。のだが、

「勝手にするのだよ」

「……へっ?」

確かにいい返事とは言いがたいが、確かに予想外でもあった。それから今日までとりあえず一緒に帰ったり一緒にご飯食べたり一緒に喋ったり、ごく普通にごく健全な関係を築いている。その中には8割くらいの確率で高尾がいたけど。
プラトニック、なんて言えばお洒落に聞こえるが、なんというか、此処までくるともう付き合っている実感が無い。私と緑間くんの関係ってなんだ?

「えっ名前と緑間くんてまだ付き合ってたの……」

「……う、うん、多分」

もしかしたら付き合ってないのかもしれない。わからない。首を傾げると、友人に変な顔をしながら「当人が何言ってんの」と怒られた。そんなことを言われてもわからないものはわからない、仕方ないじゃないか。

「名前ちゃーん、昼飯食いに行こーぜー」

「あ、うん。ごめん、行ってくる」

高尾に呼ばれて腰を上げると、友人は複雑そうな表情で手を振ってくれた。……なんで高尾なのって言いたそうな顔である。私としてはいつものことなんだけど。
弁当を持って、高尾の方に行くとそこに緑間くんもいる。3人揃って屋上に向かって、向かいの校舎から見えない場所に座る。高尾がいるのは当たり前になっていて、いや別に邪魔とかじゃないし、むしろ居てくれないと無言が続いたりしちゃうからありがたいくらいなんだけど。

「名前ちゃん、さっきなんの話してたの?」

「えっ、……いや、世間話?」

「ふーん?」

弁当を開けると突然高尾が人懐こい笑みを浮かべて聞いてきた。にこにこしてるけど、この人は勘が鋭いというか、他の人が見えないものが見えてるんじゃないかってところがあるから油断ならない。どうしたの? と返すと、いーや、なんでもねーわ、と言ってへらりと笑った。絶対嘘だ。ケータイを弄る高尾をじと目で眺めてみるけど、彼はお構い無しだ。それと緑間くんはさっきから一言も喋っていない。そんな必要はない、と顔に書いている。書いてないけど。

「げ、大坪さんからメール来た」

「おおつぼさん?」

「部活の先輩。なんだろ」

「……呼び出しか?」

「っぽい。ただ俺だけ」

「え、今から?」

「人事を尽くしていないからなのだよ」

「それ俺が怒られる確定じゃん、酷くね!? ……うお、催促メール来た。わり、行ってくるわ」

高尾がケータイを閉じて慌ただしく立ち上がった。そのまま、じゃあなー頑張れよーという言葉を残して、屋上を去ってしまう。頑張る? ……何を? 不思議に思っていると、隣に座っていた緑間くんが「余計なお世話なのだよ!」と少し大きな声で高尾のほうに叫んだ。な、なんだなんだ。

「何の話?」

「……名字には関係無いのだよ」

「そ、そっか」

だよね、うん。少し凹んだのを隠すためにちょっと俯きながらお弁当の中身を口に運ぶ。これでも一応、私は緑間くんのことが好きなのだ。関係無いんだろうけど、関係無いで一蹴されるのは、少し寂しい。

「……多分、だが」

「え、うん?」

「おまえのことなのだよ」

「な、なにが」

「高尾に名字のことで相談したことがある」

ああ、さっきのことか、と理解して、遅れて緑間くんの言葉が認識される。私のことで相談。なんだろう、別れたいとかかな。

「……本人に聞けと言われた」

「そ、そうなんだ」

「名字」

「はい、なんでしょう」

さっきから吃りっぱなしである。話の内容がいまいち掴めないし、緑間くんと2人きりで、しかもこんなに真剣な空気になったことないから、これは仕方ないのだ。どっきどっきしながら緑間くんと視線を合わせる。う、わ、まつげなっが。その辺の女の子より断然美人さんだよな緑間くんって。

「高尾と親しくするのを止めろ」

「……へ」

「イライラするのだよ」

「いや、またなんで、っ!」

「俺にもわからん」

緑間くんが、突然私の髪に触れた。な、なんなのだよ。意味がわからない。心臓が爆発するんじゃないかってくらいに仕事していて、うまく言葉が出て来なくなる。

「名字を見ていると触れたくなる」

「っ、みどりま、くん……!?」

「名前を呼んでほしくなる。ただ此方を見てほしいとさえ思う」

手が頬に添えられて、親指で髪をなぞられ、逃げていた視線が強制的に緑間くんのほうにシフトされた。だれだこのひと。

「教えろ。これが恋か」

「……、」

真っ直ぐにこちらを射る瞳の中に、小さな不安が揺れていた。喉が渇く。

「聞いているのだよ」

「そ、だよ、それが、こい」

「……そうか」

必死になって答えると、そのまま背中を抱かれて緑間くんの腕に収まる。信じられない話だ、緑間くんが私に恋しただなんて。どく、どく、少し速く鳴る彼の心臓の音に、どんどん体が痺れていくようだった。とんでもない人を好きになってしまった。私はもう離れられないだろう。

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