前々から、当たり前のように人を従え、人の上に立ち、人を見下す人だなあという印象があった。ちょっと同じ人間とは思えない。全ての人間より格が上の、別の生命体みたいだ、と。だから、彼が私を好きだと言ったときは、心底私は今日死ぬんじゃないかと思った。
「君が欲しい。僕の物にならないか」
「は、え、なんでですか」
「好きだからだよ」
ああ、頭おかしいんだな。なんとなく理解した瞬間である。
因みに、そこでそれを断ったら私が勝ったことにならないだろうか、ということは当然考えた。負けたことがないと豪語する彼が女子にふられたなんてとんだお笑い草だとも考えた。事実、実行した。
「ごめん、やめとくよ」
「僕に逆らうことがどういうことかわかっているのかい?」
ちちち、と音がした。なんだろうと思って彼の手を見ると、なんとカッターナイフがその刃に光を反射させてきらきら光って「あなたのものになりますすいません」「そうかい。それは良かった」……訴えたら勝てると思う。
それ以来彼とは健全な交際をさせていただいている。いや、させられている、と言う方が近いのだが、間違えてでもそんなことは口には出せない。私の生命活動が早くも終了を迎えてしまう可能性があるからだ。笑えない。
「ねえ名前、ケータイ鳴ってるわよ」
「……無視してたってこと理解してよ」
「ストーカー被害にあってるみたいな顔してるわあんた」
間違ってもいないかもしれない。ケータイを開いて通話ボタンを押した。「もしもし」耳に当てながら特に意味の無い確認作業。「赤司くん?」
『遅かったじゃないか』
「ごめん、赤司くんのこと考えてた」
『そうか。別に構わないが、今何処にいるんだ?』
「……家に」
『嘘だな。すぐに自分の家に帰れ。今から君の家へ向かう』
「はい!? ちょ、あか」
ぶつん。つー、つー、つ、がしゃん!
「荒れてるわねえ名前、寝不足? ストレス?」
「どっちも。ごめんね、久々にゆっくり出来ると思ったのに」
「大丈夫よ、また呼ぶわ」
状況を理解してひらひらと手を振ってくれた友人に頭を下げて、投げつけたケータイを拾う。荷物を片付けて部屋を飛び出した。家は遠くないけど、赤司くんがいつうちに来るかわからないから急ぐ他無い。
ばたばた走ってアパートに着くと、案の定赤司くんが部屋の前で腕組みして待っていた。「遅いよ」「ご、ごめん……なさい……」ぜえ、はあ、肩を上下させながらゆっくり呼吸を整える。
「僕に嘘をついた挙げ句待たせるのかい? いい度胸じゃないか」
「う、すいません……」
「君は誰のものだ?」
「赤司くんのものです……」
「わかっているならいい」
ぐ、と唇を噛み締めた。くそ、同級生なのに、いきなり告白されていきなり所有物にされていきなり呼び出して、こんなのが罷り通るなんて可笑しいじゃないか。世の中間違っている。何が惚れた方が負けだ。
今日という今日こそは。
「……あの、ねえ、赤司くん。私に迷惑かけるのは良いけど、友達まで巻き込むのやめてよ」
「……」
うわこわい。ぎろりと見下ろされて、思わず怯む。しかしこんなところでめげる私ではない。視線を合わせて、彼の言葉を待つ。
「迷惑? なんのことだ」
「だ、だから」
「名前」
この人は、酷くベタつく声で人の名前を呼ぶ。視線が離せなくなる。
当たり前のように人を従え、人の上に立ち、人を見下す人だなあと思う。この人の下につくのだけは嫌だと思った。思ったのだ。
「僕から離れるな」
有無を言わせぬ口調も、垣間見たブルーも、どうせ全て計算なのだろうけど。計算で出てくる答えは生憎決まっていて、赤司くんが計算を違うわけもないので、結局私は頷くしかないのだ。
そう、恋愛は惚れたほうが負けだ。赤司くんも、私も。