この社会で学生と名乗る人々の多くがこの日を乗り越えてきたのだろう。私はいつもより随分荷物が少ない鞄を持ち直しながら、見上げた冬空を白く染めた。もうすぐ大学生になるんだろう受験生たちでごった返す会場を出て、マフラーや手袋などの防寒具を身に付ける。はああ、もう一度、先程より長く吐いた息は、先程と同様に、水蒸気になって空気中へ霧散していく。

ローファーを鳴らして歩く。英語がどうだった、地理ができた、フランス語が出来なかった――なんていう声を聞きながら、自分の二日間を思い返した。
後輩の言葉を借りるなら、「人事は尽くした」というところだろうか。まだ大学受験の一連の流れの中途であるとはいえ、この、巷でセンター試験と呼ばれるテストについては後は天命を待つのみと言えよう。

突然、鞄の中から今流行りのナンバーが流れる。手を入れて、目的のものを掴む。きっとあの人だ。それを引っ張り出して開いて、画面に表示された名前に頬が緩む。

「もしもし?」

『おー、みょうじ? 今どこ?』

「今会場の学校出たとこ。すぐ駅に着くから、待ってて」

『ん。改札出てすぐんとこいるから』

呆気なく切られた通話に、それでも寒い景色が暖色で染まっていくようだ。少し小走りで駅までの道を急ぐ。正直、信号を待つのさえ億劫だ。青に変わって、動き出した人々の流れに逆らわずにまた足を動かす。そうしてしばらく歩いて、最後の角を曲がると、先輩が待っているであろう駅の看板が見えた。待ち合わせや勧誘や買い物や、いろんな目的を持つ人が動く駅前の、改札のすぐ前。一際目立つ長身と蜂蜜色に、思わず走りだす。

「みやじ、せんぱい……っ!」

「うお、っ!?」

どんっと走ってきた勢いをそのままぶつけるように飛び付いた。先輩は少しよろけながらもちゃんと受け止めてくれる。

「あぶねえな、いきなりタックルすんな轢くぞ!」

「だって、先輩がいたんだもん……」

「此処にいるって言っただろ」


口は悪いのに髪を梳いたり撫でたりする手はずっと動いてるところとか、口癖とか体温とか、暖かくてなんだか涙が出そうだ。……まだ何も終わってないのに。こんな泣きそうな私なんて見られたくない。ぎゅうと引っ付いていると、困惑したような声が30センチ上から降ってくる。

「何、失敗したわけ?」

「ちゃ、ちゃんとできたもん……!」

「なんだ、すげーじゃん」

宮地先輩に勉強を教えてもらったのだ、センター試験で失敗なんて有り得ない。試験前から自信は有ったし、今もそれは揺るがない。
それでも、緊張はした。そりゃあした。知らない人たちに囲まれて、マークシートを塗り潰すたびに、脈が速くなるような気がした。

「センターでこんなになって、入試どうすんだよおまえ」

「う、うるさい……!」

だって、ここでもし大きなミスをしたら。宮地先輩と同じ大学行けないかもしれないじゃん。もともと宮地先輩と目指す進路が同じだってことはお互い後から知ったわけだけど、だからって妥協したくない。天命を待つ前に人事を尽くさなければ。そう言うと、宮地先輩は突然軽く私をこづいた。

「後輩みたいなこと言うな」



…………
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