夏休み
 今日の部活は1軍の練習試合の関係で午前中で終わってしまった。一応スポーツ推薦で入ったが、全国屈指のバスケの強豪であるうちの高校で簡単に1軍に入れるわけでもなく、少なくとも1年の間は2軍留まりだろうと踏んでいた。いつかは1軍、更に欲を言えばスタメン入りを果たしたいとは思っているし、そのための努力は自分なりに続けているつもりだ。
 ……なのだが、思わぬところで、他に熱中するものができてしまった。言わずもがな、定期考査の順位争いである。
 総合得点2位から未だ動けないままの俺は、バスケに明け暮れながらも、ひっそりと日々勉強を続けていた。中学時代もそれなりに努力した方だとは思うが、まさかテスト期間やテスト前まで毎日勉強することになるとは思わなかった。まるで受験生、というにはいささか大袈裟ではあるものの、まわりの同級生と比べればかなり差があると思う。
「宮地、午後練習していくか?」
「あー、……4時には帰るけど、いいか?」
「おう、用事なら仕方ねえな」
 木村には家の用事があるとごまかしているが、実際帰ってやっていることは勉強してみゆみゆが出てる番組を見て飯食ってみゆみゆの曲聴きながら勉強して風呂入って寝る、ぐらいだ。部屋にはもう何巡したかわからない問題集が本棚に並んでいる。高校1年生の夏休みにしては枯れてんなあと自分で思わんこともない。
 ……いや、待て、物は考えようだ。1人の女子のためにここまで何かに打ち込んでいるのだ、こんな青春他にあるだろうか? ……ねえよ。ある意味。
「あ、俺教室に忘れ物あるんだった。ちょっと取りに行ってくるわ」
「お? おう、じゃあ昇降口で待ってるから行ってこい」
「おー、わり」
 もう夏休みも半ばだというのに教室に忘れ物というのに引っかかったのか、木村は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに頷いてくれた。実は数日前に先生にわからないところを質問しに校舎に上がったときに忘れたのだが、そこまで説明するのも億劫だった。
 俺たち1年の教室はこの建物の最上階にあるので、上まで行くのはなかなか面倒くさい。忘れ物をした過去の自分とついでにこの年功序列社会に舌打ちしながら、階段を駆け上がる。黙々と足を動かしていたため気付かなかったらしい。3階から4階に上がるところの踊り場で、俺は目の前に突然現れた陰に慌てて足を止めた。
「わっ」
「っ……と、わりい」
「ご、めんなさ……あっ」
 そのまま通り過ぎようとしたところを、相手の声で再び止められる。「あの、えっと」相手の女子は、上履きの色からするに1年らしいが、初めて見る顔で、驚かれるような要因も思いつかなかった俺は少し怪訝そうな顔をしてしまった。
「……何?」
「あっ、ごめんね。……ええと、宮地くん、だよね?」
「そうだけど、誰おまえ」
 正直な感想をそのまま口にすると、相手は俺の態度に少し怯んだのか、気まずそうに苦笑いしてから口を開いた。
「えっと、そっか、初対面……だよね、あの、みょうじなまえって言うんだけど」
「いや、名前は…………、は?」
「う、うん」
「……みょうじ? 学年1位の!?」
「そ、そうだね……まあ、一応」
 確認するとその女子、みょうじは、気まずそうに髪を耳にかけた。……こいつが、噂の学年1位様か。
 ぶっちゃけたところ、想像と違うというか、こんなやつか、というのが正直な感想だった。もっと、なんか、勝手にではあるが、高圧的で高飛車な、堂々とした女をイメージしていた。少なくともこんなにおとなしそうなイメージではない。ていうか普通に可愛いし普通に普通だ。ただの女子高生、って感じ。
「あ、用事があるわけではないんだけど……ごめん、ちょっと話してみたかったから、何も考えずに呼び止めちゃって。急いでたよね、ごめんね」
「いや……、つーか、俺のこと知ってんの?」
「えっ、……う、うん、まあ、そうだね、いつも順位高いし……」
「……あ、そう」
 みょうじは言いにくそうにそれだけ言って、そのあとに言葉を続けなかった。……そりゃ、おまえのほうが順位高いもんな、言いにくいわな。その態度に少しイラついて、俺の返事は明らかに不機嫌そうな声になってしまった。
 ただ、ここだけの話、俺のことを知っていてくれたのは少し嬉しくはあった。相手が俺を知らないのに俺が1人奮闘していたのだとしたら俺の自尊心へのダメージは計り知れなかっただろうし、ここまで2回とも2位を取っているのを知っているということは、相手もそれなりに順位を気にしているのだとなんとなくわかる。だからここで不機嫌になってしまったことに関して、すぐに申し訳ないと思い直すことになった。初対面の男子に凄まれていい気分はしないだろう。
「まあ、俺も、おまえとは会ってみたかったし」
「……ほんと? そっか、嬉しいなあ」
 顔を見てみたいというような意味で言ったのだが、彼女は本当に嬉しそうにへにゃりと笑った。……これが、学年1位か。……俺こいつに勝てねえのかよ。
「あのね、また声かけていい?」
「おう、いいけど、……休み明けの実テは俺が1位取るからな」
「うん? あ、実テかあ。頑張ってね、私も負けないけど」
 ……なんかやっぱムカつくな。ゆるすぎだろこいつ。毒気を抜かれた気分になって、ひらひら手を振ってからここまで来たときよりゆっくりと階段を上がり始めた。はー、さっさと木村に会いに行こう。んでバスケして、あいつに勝つために勉強してやる。

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