「他に何か、意見は有りますか」

チョークを持って少し緊張した表情で黒板の前に立つ御手洗センパイをぼんやりと眺める。黒板には几帳面な字が並んでいて、御手洗センパイのすぐ前に座る書記の男子が、それをノートに書き写していた。

「意見が無いようなので、反対・賛成意見の発表に移ろうと思います。名字は飴を食べない」

「……ごめんなさーい」

ポケットから取り出したミルク味の飴を、そのまま元に戻す。すぐに切り替えて会議の進行に入る御手洗センパイの声を聞きながら、自分の腕を枕にして顔を埋めた。いつにもまして会議の内容が身に入らない。進行の妨げにならないように、こっそりこっそり息を吐いた。
この憂鬱の理由はわからない。が、原因はわかっていた。昼の友人の発言のせいだ。友人は購買のパン、私はお母さんが作ったお弁当を食べていたときに、友人が声を潜めて切り出したその話題。それを聞いてから、私の気分は何故か沈みっぱなしだった。御手洗センパイの声を何処か遠くに聞きながら、昼の会話を思い出す。昼の教室が、視界にぼんやりと再現された。

その友達は朝からぼんやりしてて、ときどき熱っぽいため息を溢しては口元を緩めながら物思いに耽っていた。彼女はいつもけらけら笑ってて、基本的にテンションが高い。「……ねえ、どうしたの」友人のそんな姿を見たのは初めてで、耐えきれなくなった私が訊いたのがそもそもの始まりである。

「なんか、今日、気持ち悪いよ……」

「ええー、そうかなあ?」

鳥肌が立つかと思った。普段なら「失礼なこと言わないでよ」と言って机の下の足を容赦なく踏みつけてくるところだ。いや、断じて踏みつけてほしいわけではない。それでも、こんな弛みきった顔で頬を染めながら「そうかなあ?」なんて言われた日には、まだ足蹴にされる方がマシかもしれないとまで思えてくるものだ。あまりの友人の変わりように目を白黒させていると、友人は声のトーンを落として私に顔を近付けてきた。

「宮地センパイ、って知ってる?」

「ああ、うん」

知ってるも何も、知り合いだ。そう言おうとして、止めた。友人は確か宮地センパイに恋愛感情(というか、それに近いけど別の何か)を抱いている大勢の女子生徒の中の1人だ。此処で変なことを言って機嫌を損ねるようなことはしたくない。それに、もう1つ理由があった。本当はこちらの理由の方が大きいのだが。

「知ってるよ」

「ふふ、昨日ね、宮地センパイに……その、ね、抱いてもらったの」

「……え? え、それ、って、そういう意味……?」

友人は顔を真っ赤にしながらこくこくと頷いた。歯車が1つ落ちたように、脳がからからと空回りしていた。
宮地センパイが女子といわゆる「一夜限りの関係」を持つことが多いという噂は聞いていた。が、バスケも勉強も人並み以上にこなす絵に描いたような優等生である宮地センパイが、まさか、という気持ちの方が大きかったというのが本音であって。あの噂は、本当だったのだ。友人には失礼かもしれないが、きっと、彼女だけではないのだろう。
彼氏じゃない人に抱いてもらった、なんて人に言うことでも無い気がするが、それほど浮かれていたのだろう。彼女はそんなこと気にも止めずに購買のパンにかじりついていた。この子が、あの、宮地センパイと関係を持ったのだ。そう考えると、何故かぞっとしたし、どうしようもなく泣きたくなった。

「これで生徒会定例会議を終わります。起立」

御手洗センパイの声に、現実に引き戻される。まずい、ぼーっとしてた。慌てて立ち上がり、号令に合わせて頭を下げる。隣に座っていた他クラスの女の子にまで「大丈夫?」と声をかけられた。曖昧に笑って誤魔化してから、ため息をついた。何を考えているんだろう、宮地センパイのことなんて、私には関係無いじゃないか。
思い思いに散り散りになっていく生徒会メンバーをぼんやりと眺めていると、御手洗センパイに声をかけられた。困ったような表情で、どうしたの、と言われる。

「名字、ぼーっとしすぎ」

「……すいません」

「うん。いいけど、なんかあった?」

気遣うようにこちらを覗き込みながらそう聞いてくれる御手洗センパイに、罪悪感が募る。今日1日私が気が抜けてるせいで迷惑をかけたというのに、心配までかけてしまった。「なんでも、ないです」「……そう」センパイは頷きながらもまだ気になっている様子だった。

「なら、いいけど……、もしかして、宮地のことだったりする?」

「、え?」

「……違うなら、ごめんね。気にしないで。あ、ねえ、今日は飴ある?」

……この人は、エスパーなんだろうか。きっと宮地センパイの話を振られると、私が困ってしまうことまでわかっているのだろう。聡い上にお節介なのだ、この人は。
咄嗟に話を逸らしたセンパイに合わせて、ポケットに手を突っ込んだ。今日はさっき食べようとしたミルク味のキャンディしか無い。見られてたとしたら意味が無いけど、一応飴を握り込んで御手洗センパイのほうへ突き出す。

「何味でしょう」

「……新発売のショートケーキ。名字なら絶対買ったでしょ」

「残念。あれは、今日買いに行くつもりです」

「あらら、なんだ」

センパイは飴を受け取りながら、惜しかったなあと言ってへらりと笑った。確かに、御手洗センパイにしてはいいところを突いていたかもしれない。

「……そうだ、名字。今度バスケ部でIH予選の試合があるんだけど、差し入れとか作ってみない?」

「え、私がですか」

「うん。宮地も大坪も面識あるんだし、どう? クッキーとか、簡単なものでいいから」

……突然過ぎる。クッキーが焼けないとは流石に言わないけど、誰かに差し入れするほどうまいわけでもない。それに面識があるとは言え、本当に、顔見知り程度なのに。

「……いや、止めときます」

「じゃあ決定ね。日付とか、またメールするから」

「えっ」

ちょっと待った。にこにこ笑いながらよろしくーと言って手を振る御手洗センパイを呼び止めるも、あっさり無視して行ってしまった。……あの人は日本語が通じないのだろうか。思わず、先程とは違う意味を含んだため息をついた。どうせ、断れないのも断らないのも目に見えている。仕事が無い日にでも、材料を買いに行こう。宮地センパイは、甘いものは大丈夫なんだろうか。そんなことを考えながら、私は生徒会室を出た。



(ミルク・ホワイト)
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