御手洗センパイによれば、私は無気力キャラらしい。

友人宅の猫のような、と形容されたことがある。常に退屈そうにしているくせに、楽しむことは人一倍うまい、その人は私をそう評価した。ぶっちゃけ買い被りすぎだと思ったし彼にもそう伝えたところ、別に褒めとるわけちゃうでと笑われた。私からすればその人の方がよっぽど謎に満ちていたし、何を考えてるかわからない、変人だった。そういえばあの人もバスケ部だったなあ。
懐かしい笑顔(……うん、笑顔)を思い出しながら、図書室へ向かう。宮地センパイは確かうちの学校のバスケ部の一軍で、しかもスタメンだから、部活が終わってもしばらくは自主練しているはずだ。大坪センパイが確かそうだったから。しばらく待つことになるかなあとか考えながら、図書室を目指して階段を下りる。図書室からは、薄暗い廊下へ白い光が漏れていた。
がらがら、と音を立ててドアを引く。司書さんはいないみたいだ。

「失礼しまーす」

「おー、お疲れ」

「え、あ、センパイ」

図書室の少し奥、椅子に座ってあまり興味無さそうに文庫本に目を通していたらしい宮地センパイが、そこへ入ってきた私に気付いて視線をこちらへ寄越す。てっきりまだ体育館で自主練を続けているんだろうと思っていたもんだから少し驚いた。横に荷物を置いてあるのだから、わざわざ私のために早めに切り上げてきてくれたのかもしれない。……思い上がりだろうか。しかし、もしそうだとしたら申し訳ない。そういう意味を込めて「すいません」と言うも、宮地センパイには伝わらなかったらしく「あ? 別に待ってねーよ」と返された。

「さっさと帰んぞ」

荷物を肩にかけて文庫本を本棚に戻して、宮地センパイがこちらを振り返って私にそう呼びかける。「は、はい」慌てて返事しながら、さっさと廊下に出ていく背中を追った。

宮地センパイはうちの高校の有名人だ。成績優秀・スポーツ万能・容姿端麗という三拍子を兼ね揃えている上、口が悪いとは言えどなんだかんだで優しいし、気さくで人脈も広い。その上、部活に対しても勉強に対しても、一途というか、ストイックなところがある。部活での後輩もちゃんと気にかけているらしく、2年や1年のクラスに顔を出すことも少なくないのだ。
そんな人に人気が出ないわけがなく。学年・性別問わず彼はいろんな人に慕われている。その感情は尊敬だったり友情だったり、あとは、恋慕だったりするわけだけれど。実際こんなに事細かに宮地センパイのことを知っているのは、宮地センパイをそういう眼で見ている友人から聞いてもいないのに聞かされたからであって。そんな人に放課後、家まで送ってもらうなんてシチュエーション、私以外に望んでいる人が何人いることやら。改めて、なんでこんな状況になったんだろうと思ってしまう。昇降口へ向かう、自分より随分高い後ろ姿を眺めつつ、密かに疑問符を飛ばす。
……考えても仕方ないか。自分の中で投げやりな結論を出してから、私はポケットに入れていた飴を取りだして、包装を破ってその中身を口に放りいれた。

昇降口に着いて、学年の違う私たちは各々の靴箱へ向かう。靴を履き替えて校舎を出ると、すぐに宮地センパイも出てきた。外は既に暗く、梅雨入り前の重たい空気が垂れ込めている。

「家、どっち?」

「えっと、駅の近くです」

「……飴食ってんの?」

質問の答えとは全く関係ない質問が返ってきた。口の中の飴はまだあまり溶けていないので、多分喋り方で気付いたのだろう。別に隠すことでもないので、素直に頷く。

「何味?」

「ブルーベリーです」

「また珍しいチョイスだな……」

渋い顔をする宮地センパイに、「それがいいんじゃいないですか」と返すと、微妙な表情でそういうもんかよと言われた。そういうもんなのだ。
駅前までのいつもの帰路を歩きながら、いつもとは違うその人の横顔をちらりと見上げる。さすが、全校で騒がれるだけはあって綺麗な顔立ちをしている。中性的というか、端整なというか。少し伏せられた眠たそうな眼も、目元に落ちた影も、横顔を撫でる色素の薄い髪も、まるで計算されているみたいだ。一夜限りの関係でも、なんていう女子が後を絶たないとかいう噂も、もしかしたら本当なのかもしれないと一人納得する。

「おまえ、いっつもこんな時間なのかよ」

「っ、いや……まあ、生徒会があるときは」

不意に宮地センパイがこちらを見下ろしてきたので、ばっちり視線があってしまう。思わずばっと顔を逸らす。少しどもりながら返事すると、センパイは少し訝しげに「んだよ」と声をかけてきた。

「いや、なんでも、ないです……」

「……あ、そう。……まあいいけど、今度からこんぐらい遅くなるときは誰かに送ってもらえよ」

「えっ」

「近いっつっても、危ないだろーが」

ぺしんと後頭部をはたかれて、思わずはいと答えてしまった。それを受けて、宮地センパイは満足げによしと頷く。なんでまだ会って間もないセンパイに帰り道の心配されているんだろう。……こんなところをクラスの女子に見られでもしたら、私の明日は無いかもしれない。
そのあとは他愛無い話をしながら歩いた。宮地センパイの部活の後輩のこと、御手洗センパイのこと、飴の話、古典の先生の愚痴など。明日には忘れてしまいそうな話ばかりだったが、宮地センパイの表情がころころ変わるのが面白くて、自分が住んでいるアパートに着くまでずっと喋っていた。……だから、別れが惜しいと思ってしまったのは仕方ない。

「ありがとうございました」

「おう、じゃあな」

ふらふら手を振って来た道を戻っていくセンパイを少しの間だけぼんやりと眺めて、すぐに部屋に入る。誰もいない部屋がやけに静かに感じられた。



(グレープ・グリーム)
(back)
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -