「あ、宮地先輩だ」
「あ? あー、え、なんでいんの」
「おお、なんだ知り合いか? 生徒会の用事でな、わざわざ来てくれたんだ」
タオルを取りに部室に戻ると、大坪と名字がいた。いや、なんで。大坪は呑気に「この飴上手いな」とか言ってて、多分こいつも名字から貰ったんだろう。飴のお裾分けはどうやら生徒会長に限ったものではないらしい。
「……因みに何味だよそれ」
「カルピスソーダ味です」
大坪の代わりに名字から告げられた味はやっぱりちょっと変わっていた。ていうか、炭酸率高くね。レモンといい、酸味の強いものが好きなんだろうか。
そういえば、前テレビで飴の専門店の紹介してて、それに炭酸っぽい名前のがあった気がする。美味しそうだなと思ってぼんやり見ていたんだけど、忘れてしまった。なんだっけ。
俺がメロンソーダを当てたのは確か約2週間前で、それ以来名字には会っていなかった。学年が違うのだから当たり前と言えば当たり前だが、彼女のいる景色が何故か妙に懐かしく感じる。一度しか会ったことはないんだが、と首を傾げた。こいつがいると、何故か疑問符が絶えないらしい。
予算の話をしているらしい大坪と名字を横目に、ロッカーからタオルを出してぐいぐい汗を拭った。毎日毎日少しずつ平均気温が上がっているのを嫌でも体感する。そういえば、もうすぐ梅雨だ。
「宮地先輩ー」
「あー?」
「はい」
きた。苦笑しながら振り返る。諦めたようなふりをしてまだ何か探してるみたいな目をした名字が、此方に手を突き出していた。ああ、とそこで何故か不意に思い出す。
「シャンパンサイダーだ」
「……え」
「あ、いや今のは」
「なんでわかるんですか」
思わず口からこぼれた言葉に、名字がぱちぱちと瞬きを繰り返す。えっ。
「……まじで?」
「こっちの台詞です。はい」
突然高いところで名字が手を開くから慌てて手を差し出す。少し黄色がかった、透明で平たい飴が手のひらに落ちた……まじか。確かに以前液晶画面の向こう側に見たものと同じである。
大坪が「すげーな宮地」と呟いた。いや、俺だってまさか当たるとは思わなかった。むしろ当てる気すらなかった。しげしげと飴を眺めていると名字がごく自然に口を開いた。
「宮地先輩の髪の色に似てるなって思って」
「は?」
「綺麗ですよ、ね」
言ってる途中で恥ずかしくなったらしい、名字の視線がつつつーと斜め下に逃げた。……今、少し御手洗の気持ちがわかった気がする。(不意討ち、だろ)こっちまでなんとなく恥ずかしくなって、「おま、何言ってから照れてんだよ轢くぞ」としどろもどろになりながら言っちゃって、なんか今の絶対効果無い。
「なんだ、おまえら付き合ってるのか」
「は!?」
「……いやあの、まだ会ったの二回目です」
「えっ」
大坪の突然の爆弾発言に、思わず思いっきり声を上げてしまった。名字が微妙な表情で否定の意味を含ませた言葉を伝えたところで、大坪が意外そうな顔をする。……なんか、冷静な名字を見てると複雑な気分になってきた。なんで俺がこんな反応すんだよ、ちげーだろ。
「でも、宮地先輩みたいな彼氏欲しいですね」
「お、だとよ、宮地」
「は? 適当なこと言ってんなよ焼くぞ」
「後輩の茶目っ気じゃないですか。傷付いたー」
「嘘吐けよ……」
「ふは、すいません」
盛大にため息をついてやると、名字が口元を押さえてへらりと笑う。最初こそ無表情なやつだと思ってたけど、話してみれば笑ったり怒ったりへこんだり、照れたり。なかなか忙しいやつである。
「あ、やばい、そろそろ会長に怒られる」
「なんだ、これからまだ仕事あるのか?」
「はい、サッカー部のほうに」
「そうか、大変だな。……おい、宮地」
「あ?」
スポーツドリンクを飲んでるところに、突然声をかけられる。「名字送ってやれ」「えっ」ああ、なるほど。外確かにもう暗いしな。幼気な女の子一人夜道に放り出すのは危ないだろうと。うん。さすが大坪、我がバスケ部のキャプテン、よく気が利く。あははー。
「……なんで俺だよ!」
「あの、いいですよ別に、いつ終わるかもわかんないし家遠くないし」
「仲良いんだからいいだろ、ほら、図書室がまだ開いてるだろう。そこで待ち合わせれば」
「よくねえよ! いや、いいけど!」
「じゃあ決まりだな」
「おい! ……っ、あーもう、名字!」
「は、はい!」
「仕事終わったら図書室いろよ! 先帰ったら殺す!!」
びくぅっと身体を強張らせた名字に早口でそう伝える。名字は一瞬意味がわからないというような顔をしてから、すぐにこくこくと頷いた。