4時現目の終わりを知らせるチャイムが鳴り、学級委員のやる気の無い号令を合図に教室がざわつきだす。先ほどまで行われていた授業は担当の教師が授業中の私語というものに厳しいため、毎回教室が異様な静けさに包まれるのだ。(つまり、寝てるやつが多いのだが。)
教科書をしまいながら、木村を呼んで購買にでも行こうかと考えていると、前の席に座っている友人がくるりとこちらを振り返った。

「宮地、ありがとな。助かった」

「おー……おまえ頭いいのにたまに抜けてるよな……」

「よく言われる」

御手洗朔也。うちの学年で常に成績トップを維持しており、さらには秀徳高校の生徒会長まで務めているという、所謂天才である。天才という肩書きに最初こそあまりいい印象は無かったはずなのに、出席番号順で前後になってしまってから現在約1カ月、何故かクラスメートの中で木村並みによく喋る仲になっているのだから、人生何があるかわかりゃしない。
しかも、しかもだ。その生徒会長が実は天然キャラだというのだから意味がわからない。目の前でへらへら笑う男を見ながらつくづく思った。……学校の課題のプリントと塾のプリントを間違えてしまったから見せてほしい、なんて、少なくとも俺が想像していた生徒会長と違う。そのことを伝えたら、「俺だってただの男子高校生なんだからそんくらい間違えるよ」と笑われた。ただの男子高校生は学校と塾の課題を間違えはしないと思うのだが。

「俺だって間違えたくて間違えてるわけじゃないよ」

「いや、当たり前だろが。わざとだったら殴ってっから」

「あ、宮地、飴食べる?」

「言葉のキャッチボールをしろよ轢くぞ。食う」

あ、食べるんだ。と言って笑いながら、御手洗が制服のポケットからビニールで包装された飴を2つ取り出した。片方は赤、もう1個は黄色。「レモンコーラとはちみつレモンがあるけど」「レモン好きなのか」なんというか、どっちもちょっとずれた味のチョイスではある。こいつやっぱり変人か。

「……んじゃコーラ貰うわ」

レモンコーラを選んだのは、ぶっちゃけ興味本位だ。飴を受け取って、やたら派手な包装をぴりっと破る。コーラをそのまま固めたような赤みの強いブラウンの小さな飴玉を口に入れると、確かにレモンともコーラとも言い難い、どっちかと言うとコーラ寄りの味がした。うーん、まあ、不味くはない。

「レモン別に好きじゃないよ、貰いものだし」

「は? ほいほい人にあげていいのかよ」

「うん。生徒会の後輩がね、会うたびにくれるから、減らないんだよな」

可愛いから断れなくてさ。苦笑いしながら、カバンの中身を見せられる。確かに大量の飴玉がごろごろ転がっていた。……よく見るとレモンコーラ並みに一般や王道とかいうものからずれた味が多い気がする。塩飴とか、体育会系かよ。

「何、そいつ男?」

「いや、女子。二年生なんだけど、なんか、変わってるんだよね。可愛いけど」

「……そこ強調すんなよ。にやにやすんな気持ち悪ぃ」

「いや、ほんとに可愛いんだって。あ、手ぇ出すなよ、純粋なんだから」

「おまえ俺をなんだと思ってんだ、刺すぞ」

「だって前も人の彼女抱いたんでしょ?」

「相手がヤりたいっつって寄ってくんだから、仕方ねーだろ」

微妙な顔をする御手洗を横目に、レモンコーラ味を噛み砕く。飴玉は溶けて消えたが甘味は消えない。
確かに女遊びは激しいほう、かもしれない。というか、バスケが大切だから話題にならないように気を配ってはいるし、相手方に一夜限りでいいからと迫られて渋々っていうのがほとんど。むしろ俺から誘うことなんて0に等しい。というか0だ。
まあ高3男子だからそれなりに性欲もあるし、相手がそれで満足して引くって言ってるんだから、利害は一致している。特に問題はない。ただそんなことばっかりやってるうちに、最近あからさまに最初からそれ目的で告白しにくる来る奴が増えて正直困ってはいるのだが。

「俺だったら断るなあ。愛の無い行為なんて、悲しいだけだよ」

「……好きとか嫌いとかよくわかんねーんだよ、めんどくせーし」

「え、宮地ってまさか恋とかしたことないの」

本気で驚いた、というような顔をするから、思わず顔をしかめた。わりーかよ、殴るぞと返そうとして口を開いたところで、「生徒会長ー」教室の扉の方から会話の相手を呼ぶ声に阻まれて、2人でほとんど同時にそちらに視線を向けた。

「お、噂をすれば」

「あいつが?」

「うん。どしたの、名字」

……まあ、うーん、確かに可愛い。ていっても、メディアで活躍するアイドルみたいな感じじゃなくて、友人宅のペットの猫みたいっていうか。大人しくて、なのに気まぐれそうな、何かを持て余しているような表情をしている。今にも、暇すぎて死にそうなんですとか言い出しそうだ。

「どしたの、じゃないですよ。先輩が仕事押し付けたんじゃないですか」

「あはは、そうだっけ。やってくれたんだ」

「暇すぎて死にそうだったんで、仕方なく。はい、これ書類です」

(あ、本当に言った)慣れた調子で教室に入ってきて、慣れた調子で会話する2人をまじまじと見比べる。なんか、温度差の激しい組み合わせだ。その割にやたら息が合ってるのが解せない。

「はい、確かに。ありがとう」

「今度パッキーくれたら許します。てことで、はい」

突然、後輩(名字だっけか)がポケットに右手を突っ込んだでからがさがさと何か漁ってから何かを握って御手洗に突き出す。御手洗は嬉しそうに少し笑って、少し考えて、「いちごミルク」と言った。……は?

「何やってんの」

「飴の味当て。なんか恒例になってんだよ。……で、当たり?」

「残念、グレープフルーツでした」

「また地味にマニアックな味だな……」

思わず呟くと、御手洗は何が可笑しいのかくすくす笑った。多分、いつものことなのだろう。名字が手を差し出すのも、御手洗が外すのも、ちょっとずれた味の飴を貰うのも。御手洗が手を出して、水野がその上でぱっと手を開く。飾り気のない透明な包装に包まれた、綺麗な透明の飴玉が、御手洗の手にころんと転がった。

「さんきゅー。俺これ当てたことないんだわ」

「あんだけ貰って一回もかよ」

「宮地先輩もいります?」

「……あ? いや別に……てかなんで名前」

「はい、何味でしょう」

「生徒会には言葉のキャッチボールができるやつがいねーのか、おい」

「……いりませんか?」

問答無用で手を差し出されて、思わずため息をつく。と、名字はきょとん、と首を傾げて、それから少しだけ残念そうな声ですいません、と言って手を引いた。……何この罪悪感。

「じゃ、私戻りますね」

「おう、仕事ありがとなー」

御手洗がひらひらと手を振って、名字が何事も無かったかのようにその場を離れる。……木村呼んで、購買行こう。多分もうなんも残ってないけど。
あー、

「……おい、待て、水野」

「、はい?」

「メロンソーダ」

廊下に出ようとしたところで呼び止めた。振り返った名字に、直感で思い浮かんだ味を伝えてみる。名字は目を丸くさせた後、すごく嬉しそうに、咲くように笑って、手の中にあったそれをこちらに放り投げて、

「当たりです」

反射的に小さなそれをキャッチした。教室を出ていってしまった笑顔をぽかんと見送って、隣で「俺の後輩まじかわいい……っ」とか言って悶えてる御手洗の声で我に帰って自分の手の中に視線を向ける。合成着色料の黄緑が、手の中でかさりと音を立てた。



(レヨン・ベール)
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