冬の風が屋上の空気を何度も弱く私たちを冷やした。宮地センパイは確かめるように私を抱き締めたままで。今、何を考えているんだろう。そんなことをぼんやりと思った。
「センパイ」
「……俺が今までしてきたことを無かったことにはできねえし」
「…………」
「それで俺と付き合えとか、虫が良いってのはわかってんだけど」
宮地センパイの、こんなに泣きそうな声を、初めて聞いた。いつも余裕そうに笑いながら轢くだの刺すだの言ってるくせに。
「おまえのこと好きになって、今まで俺のこと好きだって言った奴らの気持ちわかった気がしたんだよ」
「……そんな、」
「でもやっぱわかんねーわ。一夜限りとか堪えられるかよ、全部欲しい」
好きだ、と、あの時よりゆっくり、言い聞かせるように紡がれた言葉は、じんわりと耳に浸透していった。この人は私が好きなんだ、と、理解する。それだけでどうしようもなく嬉しくて、目の奥が熱くなるのだ。
宮地センパイと初めて話したとき。メロンソーダと宮地センパイが私に向かって、迷った様子もなく声を上げたとき。おかしいくらい胸が高鳴ったのを今でも覚えている。知らない世界の話を聞いたときみたいな高揚感。自分が特別になった気がした。宮地センパイと会うのは私にとって、知らず知らずのうちに、大きな意味を持つようになっていたのだ。
それが恋に変わったのがいつか、今ではもうはっきりしない。宮地センパイと会って、好きになって、この世界を構成する色が、たくさん増えた。
だから、怖かった。私にとって特別な人になってしまった宮地センパイ、その人にとって、私はただのコウハイだ。それこそ任那と変わらない。私が好きだ、抱いてほしいと言えば、宮地センパイはきっと私をどろどろに甘やかして優しく抱くんだろう。それが怖かった。私は生意気にも、宮地センパイの特別でありたいと思ってしまった。
宮地センパイの腕の中で今、その恐怖が消えていくのを感じている。偶然かもしれない。それでもいい。もう、迷わなくていいんだ。
少し体が離れて、顎を掬われる。宮地センパイの瞳の中に私が映っていた。
「なあ、キスしたい」
「な、……んですか、いきなり」
ふ、と笑って、宮地センパイの指が私の唇を撫でた。行為の意味に、鼓動は自然と速くなる。目元を大きな手で覆われて、優しいキスが降ってきた。触れ合った場所から伝わる体温と鼓動が、冬の景色を温かく染めていく。知らなかった色で満たされていく。
こんな風に人を好きになるということを知った。それから、今、こうやって好きな人に愛されるということを知った。
「宮地センパイ」
「ん?」
甘やかすような声が、いつもと違って、くすぐったくなる。宮地センパイはいつも私が知らないものをくれる。薄暗くなり始める世界にも、綺麗な色が溢れだす。宮地センパイを好きになって、私の世界は変わった。
宮地センパイも何か変わったのだろうか。そうだといいなと思った。
「すき」
「……おう」
「好き、です」
「うん」
「センパイ、好き」
「知ってる」
次々零れる言葉を、少し苦笑しながら宮地センパイは全部受け止めてくれた。鞄の中の飴玉より甘ったるい言葉を、ひたすらに送り続ける。宮地センパイならその言葉の意味もわかるはずだ。じわりと視界にフィルターがかかる。
「宮地センパイ、すき、好きです……」
「ん、俺も」
幸せ、だなあ。ぱらぱら零れる水滴を、センパイの指先が掬う。涙にちかりと何かが反射して、視界中できらきら光った。