無責任だ。そう思った。
私の気持ちも知らないで、あの人は、平静でいようとする私をいつもいつも掻き乱す。嫌だった。センパイを好きという感情に振り回される自分を見せるのが、本当に、嫌だったのだ。だから、もう、隣を歩くことは出来ないと、それくらいのことは宮地センパイだってわかっているはずなのに。

(『放課後屋上、来ないと犯す』、って)

酷い脅迫紛いのメールに顔をしかめながら、屋上へ続く階段を上った。こん、こん、靴の裏と階段がぶつかる音が不規則に響く。
私を好きだと言った。思い出すだけで気が変になりそうだ。切羽詰まったような表情は、いつもの数倍綺麗だった。
口の中の飴玉が、歯にぶつかってかつんと音を立てた。甘酸っぱい木苺味の飴玉を、噛み砕く。口内に残る甘味と酸味を弄びながら、ケータイの受信メールを一件、消した。屋上へ出る扉は、いつも鍵がかかっているのに、今日に限って開いている。ノブを回した。

「……、」

呼吸が止まる。
あの日と同じ、橙色の世界に、フェンスに凭れて座り込んだ彼の姿はあった。色素の薄い柔らかそうな金糸はまた、陽光をしっとりと含んで穏やかに光っている。彼がこちらに気付く様子はない。この世界に私が踏み込んでいいのか、どうか。

「……センパイ」

やっと発した声に、宮地センパイの顔が上がった。気まずそうに笑って、立ち上がる。一歩だけ、彼の方へ足を出した。

「本当に来たのかよ」

「呼んだのそっちでしょ」

「止めときゃいーのに」

「なんなんですか」

「期待させんなっつってんの。わかれよ、轢くぞ」

また一歩近付く。宮地センパイは動かない。

「……わかってるくせに」

「何がだよ」

「私、宮地センパイとそういう関係になるつもりないですよ」

「…………」

「宮地センパイのこと嫌いなわけじゃないですけど、もう、会いたくないんですよ」

もう一歩、近付いて。その瞬間、長い腕がこちらに伸びてきて、すぐに右腕を掴んだ。
突然のことに身体が固まる。背中にもう片方の手を回されて、引き寄せられる。腕を掴んだ手が離れて、頬に添えられた。強制的に上を向かされて。初めての距離に思考回路が遮断される。目を瞑る。唇に、指先が触れて。離れたと思った瞬間に、そこに、何かが、触れた。

「っ……!? や、!!」

両手を彼の胸について、突き放す。解放はあっさり解かれてその代わり、宮地センパイの表情がしっかりと見えてしまう。切なそうな表情。混乱する。なんでそんな顔するの、ねえ、ねえ、なんで

「名字、いい加減……」

「任那とも、……他の人ともしたくせに、なんで!」

「ちげえだろ、」

「なにが、なにがですか」

冷静なままの私が、馬鹿みたいだと笑った。必死になって、こんなのどうせ私だけなのに。

「宮地センパイは、だって、私がキスしてほしいって言ったらするんでしょ? 抱いてって言ったら抱くんでしょ?」

「…………」

「そんなの、要りませんよ。そんな、誰でも出来る宮地センパイの相手なんて、なりたくない、の、だから」

「名字、」

なんでそんなに優しい声で名前を呼ぶのか。涙が出そうになる。苦しい、苦しい、息さえ上手く出来ない。こんなことなら好きになんてならなきゃ良かった。宮地センパイは何も言わないで私を抱き締めた。暖かくて逆上せそうだった。



(カルメン・コーラル)
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