今日は私の誕生日だ。……なんて、こっそり心中で暴露してみても、誰もおめでとうなんて言ってくれたりはしないんだけど。
日付が変わってから一度も鳴らないケータイを開いて閉じて、思わずため息。誕生日です祝って! って素直に言えば、みんなはきっと祝ってくれるんだろうけど、少し異質で、それが露見するのが怖い私は、自己主張というものが非常に苦手だった。

(あいつさー、誕生日言い触らしてたけど、そんなに祝ってほしいのかよって感じ)

数ヶ月前に聞いた声は、私宛てでもないのに、今の私を怯えさせるには充分だ。その声の発信源はクラスでも余り好かれておらず、陰口の相手とも元々仲が良くなかった。しかし、その言葉を聞いた以上、そういう見方もあるのだと思ってしまうのは仕方ない。
聴力が良く、音が何処から、どのくらい遠くから聞こえているのかまで正確に判断出来てしまう。そういう「異質」を持ち、常日頃人より多く人の陰口とかそういうものを聞いてきたのだ。私はすっかり人に自己主張するということが怖くなってしまったし、人に好かれる行動を無意識に探るようになっていた。

結局今年も誕生日は1人で過ごすことになるかな、とぼんやり考えながら、ベッドに倒れ込む。(……まあ、仕方ないか)
そこまで思考が及んだところで、沈黙を保っていたケータイが突然高らかに鳴りだした。最近話題のアイドルグループの代表曲を慌てて止めて、その小さな箱を耳に押し当てる。

「もっ、もしもし?」

『よーっす、高尾ちゃんですよっと。なあ、今暇?』

「う、うん、暇だけど」

祝日の昼、しかも誕生日にこんな堂々と暇ですなんてあまり言いたくないけど……心中でそうぼやくが、電波の向こう側のかずくんにはもちろん伝わらない。むしろハイテンションで喋り続けている。

『あんさ、今部活終わって学校いるんだけど、カラオケでも行かねー? 伊月さんと、3人でさ』

「え、いいの? 疲れてない?」

『大丈夫大丈夫、むしろ有り余ってっから!』

「それならいいけど……でも、せっかくの休みなのに」

『ぶはっ、名前心配しすぎ! 気にすんなって、むしろせっかくの休みだから名前たちと盛り上がりてーんじゃん』

優しく言うかずくんの言葉に、それならと頷いた。そこまで言われて断る理由もない。『今から駅前のカラオケ店に現地集合なー』「はーい」通話が終わって、なんだかほっこり胸中が温かくなるのを感じた。かずくんは多分誕生日なんて忘れてるだろうけど、それでも誘ってくれたことは素直に嬉しい。
誰にも自分が特別だなんて言えない私に気付いたのが、幼なじみのかずくんと伊月さんだった。ジレンマに陥って動けない私を支えてくれたのはいつも彼らで。気付けば2人と一緒に過ごす時間は私にとって大きなものとなっていた。

急いで準備を済ませて、家を出た。かずくんと何度か行ったカラオケ店の前まで行くと、かずくんが私を見付けて手を振ってくれる。自転車を止めて、かずくんのほうへ向かった。

「ごめん、お待たせ」

「いや、俺も今来たとこだから。むしろナイスタイミング」

いつもはリアカーがくっついている自転車を指差して笑うかずくんの言葉にほっとする。かずくんいわく、伊月さんはちょっと遅れてくるらしい。店内に入って、笑顔が素敵な店員さんにかずくんが「高尾で予約してるんですけどー」と声をかけた。予約してたのか……さすが、用意周到である。
店員さんの案内に従って、指定の部屋に入った。ドアに一番近い席にかずくん、その向かい側に私が座る。かずくんがその席に座るのはいつものことで、電話とか頼んだものを真っ先に受け取れる位置である。いつものことながらかずくんらしいな、と思った。

「あ、伊月さんもう着くってさ」

「本当に? 早かったね」

「ぶっ、『カラオケからオーケー……キタコレ』って、伊月さんマジ意味わかんねえ、っくく」

……文面でも駄洒落は抑えられないらしい。私は苦笑いしてから頼んだメロンソーダを飲んだ。

「ふー……さて、名字さん」

「え? あ、は、はい」

「いや、緊張しなくていーから! 変なことはしねーし」

なにがおかしいんだか、けらけら笑うかずくんに少し和まされる。頷くと、かずくんはにっこり微笑みながら口を開いた。

「今日は何の日でしょう?」

「え、……建国記念日」

「……うん、まあ、そうなんだけどさ」

少し迷ってから答えると、かずくんが脱力してぐでっと机に倒れこんだ。い、いや、だって。これで誕生日って言ってかずくんに「えっマジで!?」なんて言われたら恥ずかしいし、ちょっと立ち直れない。「そーじゃなくてさっ」かずくんががばっと勢い良く起き上がる。いつも思うけど、忙しいなあ。

「大事な大事な記念日っしょ、今日は」

「……もし、かして、」

「そっ、そーいうこと」

かずくんがにんまりと笑った瞬間、ドアが開く音がした。音に反応してそっちを向いた瞬間、ぼすんっと何かが目の前、視界を埋めて、真っ白に、え?

「ハッピーバースデー名字!!」

「ぶっ、何それめっちゃでか! ちょ、伊月さん、それ持って此処まで来たんすか……!!」

「まあちょっと視線は痛かったけどな……」

ぎゃははははっと豪快な笑い声と苦い色を滲ませながらも少し嬉しそうな声が私の元に届く。白いもこもこからなんとか顔を離すと、つぶらな瞳と目が合った。う、うさぎ? の、ぬいぐるみだ。……確かに、でかい。
というか、今、伊月さん、ハッピーバースデーって……

「はい、どっきり大成功ー!」

「えっ、……え?」

「それは俺からのプレゼントな。耳がいいから、うさぎ」

と言ってもゲーセンで500円で取ったやつだけど、と伊月さんが少し恥ずかしそうに言った。どっきり? って、じゃあ、
……知ってたんだ、2人とも。かずくんがフロントに電話してるのを聞きながら、巨大なうさぎをまじまじと見つめた。……どうしよう、嬉しい、かも。ドアが開いてやたら豪華なケーキと大人数向けのプレートが届けられる。かずくんがそれを受け取って、机に並べた。

「俺からは手作りケーキでっす! 美味しく頂いちゃってねん」

「……え?」

「いや、わかるぞ名字……何回見てもびっくりするよなこれ……」

下手したら市販されているのより丁寧に飾り付けられたホールケーキに、さらに驚かされた。え、手作り? ちょっと待った、認識が追い付かない。かずくんが器用なのは知ってるけど、これはちょっと、凄すぎないか。

「本当はもうちょっと凝ったの作りたかったんだけど、部活があったからなー」

「いや、充分凝ってるよ……凄いよかずくん……」

「ハッ、部活でだいぶ割愛……キタコレ」

……伊月さんの駄洒落はこの際無視だ。かずくんは爆笑してるけど。
「はあ……よし、」笑いが収まって、かずくんが、さっきまでと違って、優しい表情でこちらに向き直る。時々こうして見せる、柔らかい笑顔に、私は何度も救われたのだ。

「名前、誕生日おめでと」

「か、ずくん」

「生まれてきてくれてありがとな」

「……ちゃんと祝えて良かったよ。名字の誕生日だからな」

くしゃりと伊月さんに髪を撫でられる。2人の、本当に嬉しそうな笑顔にどうすればいいか分からなくて。私はうさぎのお腹に顔を埋めて、小さくありがとうと言うしかなかった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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