俺が好きになった女子は、なんだかいつも悲しそうに笑うやつだった。

素直ないい子を具現化したような性格。彼女が何かや誰かを拒否するところを、見たことが無かった。時々一瞬何か言いたげな顔をするくせに、次の瞬間には何事も無かったように笑って、わかったと頷く。
救いようが無いなと思った。気付けば、救いたいと思っていた。


「最近ずっとタイツだよな」

「え?」

かなり不審そうな表情でこちらを見上げて、すぐにいつもの笑顔で名字は頷いた。「そうかも。寒いしね」雪が降った日も、友人と寒い寒いと騒ぎながら白のソックスを履いていた彼女のことだ。どうせ理由はそれだけじゃないのだろう。一歩間違ったら変質者と間違われそうな質問をいきなりしても、大きく表情を変えずに平然と頷いた彼女に、顔を顰めた。
放課後の教室。教室掃除の当番を押し付けられた彼女と、元々当番だった俺の2人きりだ。先程まで日誌を書いていたうるさい日直2人組も、つい先程帰った。彼女と俺が残っているのは、俺が彼女を引き留めたからで。

「彼氏と上手くいってんのかよ」

「……、いやあ、あはは」

誤魔化す気も無いのか、名字は困ったように笑った。何度も話し掛けるうちに、やっと見せてくれた表情がこれだ。死んだように生きている彼女が弱みを見せてくれるのは嬉しい。けど、そんな表情ばかりしか引き出せないのは、悲しい。

「左足」

「っ」

「怪我してるだろ」

「……宮地は目敏いなあ」

今日机にぶつけただけで転びそうになってただろーが。そう言及すると、名字はやっぱり悲しそうに笑った。
名字には彼氏がいた。最初は本当に幸せだったのかもしれない。彼女のことだから押しに負けて仕方なく付き合ってたのかもしれない。ただ、今、彼女がそいつとの関係に縛られているのは明らかだった。
話を聞いてから、何度も別れろと言ったのだが。彼女は泣きそうな顔で首を振るのだ。

「別れろ、っつっただろ」

「……言ったんだよ、彼に」

宮地に言われて。やっぱりそこでも俺の言いなりなのか、いや、別れろっつったのは俺だけど。どうすればいいかわからずに黙り込んだ。

「でも、別れるなんて許さないって言って殴るんだもん、もう愛なんかないのにさ」

誰から見ても完璧な笑顔で彼女はそう言う。その奥の悲しみに、いったい何人が気付いているんだろう。もうみんな気付いているのかもしれない。気付いていないふりをしているだけなのかも、しれない。

「おまえはそいつと、別れたいんだろ」

「でも、私じゃなきゃ」

あの人は、可哀想だから。窓から射し込む斜陽の中、受動的な人形はそう言って笑う。なんで彼女が笑っているのか、わからなかった。

「……おまえ、馬鹿じゃねえの」

「だって、仕方ないじゃん」

なにがだよ。何があったらおまえがそうやって他人の言いなりになって生きていかなきゃいけなくなるんだ。そんなの、死んでいるも同然だ。(そんなことを言っても、彼女はまた困ったように笑うだけだろうけど。)
俺が深いため息を吐くと、名字は怯えたような表情でごめんと言った。そうじゃない、そうじゃないだろ。やっぱおまえ馬鹿だ。

「いいか、今から選択肢をやる」

「え、うん、え?」

「彼氏のこととかできるできないは考えんな、自分がしたいものを選べ」

「、うん」

「命令な。背いたら轢く」

「……わかった」

少しの間を置いて頷いた彼女を信頼することにする。断れない性格を利用したのは狡いかもしれないが、今だけは許してほしい。

「今の彼氏と付き合い続けるか、別れるか、選べ」

言い聞かせるように言えば、名字はぐっと眉間にしわを寄せた。彼女には酷な質問だ、そんなことはわかっている。

「……、そんなの」

「命令」

「……」

先程取り付けた約束をちらつかせれば、名字は押し黙った。本当に、人の言うことに背かないやつだ。今はそれもありがたいが、普段なら軽トラで轢くところだ。
「……わかった、わかれる」名字はしばらく迷って、小さな声で、確かにそう言った。心中で深く息を吐く。良かった、と、心から思った。彼女が彼氏から解放されることと同時に、彼女がそれなりに俺に心を開いてくれているのかもしれない、ということに。……こいつのことだから、命令だから従っているだけかもしれないが。
不意に、名字が俯いた。

「……の?」

「は?」

あまりにも小さな声で、うまく聞き取れなかった。聞き返すと、名字はまたこちらを見上げて、眉を寄せて、ふらふら視線を彷徨わせる。

「宮地は、許してくれるの?」

今にも、泣き出しそうな声だった。
気付けば、手が動いていた。腕の中で狼狽えるように震える彼女には、当たり前だけど体温があった。なんで俺が泣きそうになってんだよ。脆く崩れてしまいそうだと思っていた体は、思っていた以上に細くて小さくて、この体でどんだけのもの抱えてきたんだと想像すれば、心臓が潰れてしまいそうだった。

「当たり前だろーが、」

「……っ」

「だから、もう、全部否定したっていいから、拒絶したって、怒らないから」

「うん、」

「俺が、全部許すから」

死なないでくれ、なんて、大袈裟だろうか。それでも、心の中で、俺は強くそう願った。



(To answer is your right.)
………………
存えるべきか死すべきか、為るべきか為らざるべきか
文学史に残る名言ですが、なんだか切ない話になってしまい申し訳ないです……

沫璃様、素敵な言葉をありがとうございました!

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -