1ヶ月振りに入った彼女の部屋は、やっぱり少し甘い匂いがした。名字は部屋に入って荷物を置いた途端、無防備にベッドに上がって足を伸ばしてくつろぎ始める。どうしろと。襲えと言うのか。

「今日家誰もいないからゆっくりして行きなよー」

……こいつのことだ、深い意味が無いのはわかっている。おーそうするわーなんて生返事をしながら、俺もベッドの縁に腰掛けて、部屋を見渡した。「変わってねえなー」「そりゃあまあねえ」1ヶ月とかそこらじゃ変わらないか。

(……あれ、)

そんな中、ふと目についたのがCDプレイヤーだった。こんなもんあったっけ? そういえば先日メールで最近音楽をよく聴くようになったとかいうことを言っていた気がする。よく見ると確かに、すっからかんだったCDラックが充実しているようだ。先程は知らない歌を口遊んでいたし、ベッド脇に置いてあるのは以前使っていたイヤホンではなくヘッドホンだった。

「本当にハマってんだな」
「ん?」
「音楽」

彼女の方を振り返って言うと、ああ、と納得したように頷いた。

「笠松くんに影響されてさ」
「笠松? バスケ部の?」
「ああ、そうそう」

清志も笠松くん知ってるのかーそーかそーかーなんて呑気に頷く彼女が少し嬉しそうなのは、どうしたものか。名字は立ち上がって、CDラックから以前は無かっただろう一枚を取り出してプレイヤーにかけた。
ギターが綺麗な音楽だが、聴いたことはない。笠松が彼女に教えたのろう。何の曲かと聞いてみても、彼女に教えられたそのアーティストはやっぱり、俺が聞いたこともない外国人の名前だった。

「清志はドルオタだもんねえ」
「……うっせえよ」

笠松くんはギターも弾けるんだよ、私もやりたいって言ったらできんのかよって言われたけど。バレーコードっていうのが難しいんだって、一本の指で沢山押さえなきゃいけなくて

楽しそうに喋る名字の話にうまく相づちすら返せない。彼女の話に知らない単語が介入することに、悲しいとも寂しいともつかない、よくわからない感情が胸を焦がした。
俺は笠松と違って他校の生徒で、出会いも偶然だったし俺が無理やりここまでこじつけたような関係で。県も違うから会うことすらなかなか出来ない。こいつの言うとおり音楽だってアイドルソングくらいしか聴かないし、服のセンスはいいと思うけど、趣味が合うと感じたこともほとんど無い。

「普通のFコードが弾けるようになるころには、指が硬くなって痛くなくなるんだって」
「……ふうん」
「……興味無かった?」

ぽすんと俺の隣に座った彼女が、不安そうな声でごめんねと謝る。「いや、そういうわけじゃねえけど」咄嗟の返事はなんだか曖昧な響きになってしまう。
やっと会えたのにこれじゃあ、不安定な関係なんて簡単に無くなってしまいそうだ。なんて、女々しいことを彼女の隣で考えた。

「考え事?」
「……ん?」
「いや、なんかぼーっとしてるから。やっぱり疲れてる? ごめんね、ここまで呼んじゃって」
「ああ……いや、それはいい、けど」
「けど?」
「なんで名字は俺と付き合ってんのかな、と、思って」
「…………」
「毎日会えるし趣味の合う笠松もいんのに」

隣を見ると、名字はこちらを見上げて目を丸くしていた。……流れに任せて結構変なことを聞いてしまったかもしれない。今日はずっとこんな調子だ、後輩に向かって毎日轢くだの刺すだの怒鳴っているくせに、高尾にこの場面を見られたら爆笑必至だな。ギターの柔らかい音色と、かち、かち、と鳴る時計の秒針の音が混じった、彼女の部屋の音だけが響いている。

「…………嫉妬?」
「は?」
「笠松くんに嫉妬したの?」
「……違ぇよ調子乗んな、轢くぞ」
「なんだ……」

なんでそこで落ち込むんだよ。乙女心ってわっかんねえ。

「清志がそんなこと言うんだったら笠松くんと付き合おうかなあー」
「……はあ? 本気かよ」

名字はふいと俺から視線を逸らして、拗ねたように唇を尖らせた。……何が彼女を不機嫌にさせているのかいまいちわからないが、俺の言葉に良い思いをしなかったんだろうというのはわかった。だが、ここで安易に謝ると「なんで謝ってるの」とか言って怒られるのだ。経験済みである。
シーツに沈む名字の手を握る。名字は逸らした視線をもう一度俺に合わせたかと思うと、探るようにまじまじと見つめてから、ふわりと笑った。

「そういうとこが、好きだからかなあ」
「……え? は?」
「清志と付き合ってる理由」

それだけじゃないけど。名字は先程までと一転して嬉しそうにへにゃへにゃ笑いながら腰に腕を絡めてくる。ふわりと甘い匂いが鼻腔を掠めた。……やっぱり、意味わかんねえ。

「清志じゃなきゃダメなんだよ」
「……そうかよ」
「あ、照れた」
「轢くぞ」

でもまあ、こいつの隣にいることができんのなら良いか。柔らかい髪にそっと指を通しながら、柄にもなくそんなことを考えて、誤魔化すようにギターの旋律に耳を傾けた。



(フィーリング#)
………………
扱いの難しい彼女さんと悶々する宮地さん
レイアウトをいつもと変えてみました
先日ギターを久し振りに触ったら見事に忘れてました(余談)

クロ様、素敵な言葉をありがとうございました。

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