「きよくん、家にアイツが出たから泊めて」

「……」

疑問符はどこに行ったんだよ。そうツッコミたい衝動をぐっと堪えて、ゆーっくり息を吸って、吐いた。

「帰れ」

「酷いきよくん!」

「はっはー、何言っちゃってんの? 酷いのはおまえの脳ミソだろーが、轢き潰すぞ?」

幼馴染の頭を持っていた参考書でべしんとはたいた。つーか幼馴染だからって普通に男子の部屋上がってくるのもそろそろ止めろよ。いろいろプライベートとかあるだろーが。むすーっと可愛くない顔で部屋の入り口から動かないそいつに呆れて息をつく。

「つうか、アイツってなんだよ」

「……ムカデ」

「は?」

「ムカデだよ、こんなデカいの!! アイツ、アイツさあ、絶対お父さんもお母さんもいない日狙って出てきたよね!? 私しかいないからって調子乗ってるよね!! もうやだほんと怖いどこ行ったかわかんないし着のみ着のままで飛び出してきちゃったし戻るのも怖いし……」

よほど怖いんだろう、少し涙目になりながら自分の肩を抱いて女子みたいに震える名字に、さすがに同情した。女子だけど。
本当に急いで飛び出してきたらしい、名字は薄いパジャマに裸足というこの時期この時間に外に出るにはちょっとあり得ない格好をしている。多分風呂上がりなのだろう、よく見ると髪もしっとりと濡れていて、このまま追い出せば、まあ、確実に風邪っ引きコースだ。何度目かもわからないため息をついて、まあとりあえず入れよと中に促した。

「え、え、いいの?」

「いきなり来たの誰だよ刺し殺すぞ」

「ご、ごめん、ありがとう」

「その辺座っとけ」

暖房を切って電気ストーブを付ける。名字をその近く座らせてから、リビングに降りる。と、テレビを見ていた親ににやにやしながらガン見された。

「清志、お母さんのことは気にしなくていいからね」

「何の話だよ……」

いやな親だ。
カフェオレを2つ淹れて部屋に戻る。名字は電気ストーブの前で俺の参考書をぺらぺらめくっていた。

「あ、お帰りきよくん」

「……ほら」

「? カフェオレ?」

「飲めっつってんの」

目をぱちぱちさせてから、名字はありがとうと言ってへにゃりと笑った。……いつの間にこんな可愛くなったんだっけな。彼氏が出来たって言われたときはびっくりした。すぐ別れたらしいし今はいないって言ってるけど。

「きよくん、難しい問題ばっかりやってるんだねえ」

「は? あー、まあな」

「全然わかんないや」

名字はぼーっとした顔で呟いてから、カフェオレを少し口に含んだ。全然わかんないって、おいおいそれで大丈夫なのかと思わなかったわけではないが、そういえば俺はこいつの進路も詳しく知らない。部屋に奇妙な沈黙が漂う。
名字の正面にしゃがみこんで、自分の視線より低い位置にある昔より長くなった髪に手を伸ばした。名字の表情が少し強張った気がしたけど、そのまま撫でているとすぐにまたへにゃりと笑った。

「どうしたのきよくん」

「……」

質問には答えずに、まだ少し湿気を含んだ髪を梳く。名字は恥ずかしそうに小さく笑った。いつの間にこんな可愛くなったんだっけ? 俺の知らない間に、進路も決めやがって。さっきと同じことを考えながら、彼女の髪を一房掬って、そこに唇を押しあてた。

「ちょっと、き、きよくん?」

「……何照れてんだよ」

「だって、きよくん、なんか、変だって」

「別に、」

別に、変わんねえだろ。そう言おうとして、口を閉じた。代わりに肩を抱き寄せて、そのまま背中に手を回す。子供みたいに抱き締めると、名字は困惑に揺れる声で、きよくん、と俺を呼んだ。

「うるせえ黙れ絞めるぞこのまま」

「……きよくんは甘えん坊さんだねー」

言い返すこともせずに、頭に乗せられた手の心地好さに目を瞑った。寂しくなった、なんて、一生言ってやんねーけど、こいつにはばれてるんだろうなとか考える。電気ストーブの熱がじりじり俺たちを焦がした。



(思い出、知らない君、多分違う未来とか)
………………
甘いんだか切ないんだかよくわかりませんね
このあとどうなったかは皆さんの想像に一任します

まち子様、素敵な言葉ありがとうございました*

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