最悪だ。ちらりと視線を上げると、目の前でにやにや笑ってる男たちに辟易した。どうしてこうなっちゃうかなあ、もう。

「お嬢さん、なかなか可愛い顔してるじゃん」

「彼氏と待ち合わせ? 彼女待たせる男なんかほっといてさあ、俺たちと遊ばない?」

2人の男に壁ぎわに追い込まれ、べたべたと腕や脚を触られる。最悪、さいあく。質悪いよ。気持ち悪い。今どきこんなやつらいるんだ。ため息をつきたいけど、我慢我慢。だって幸せが逃げちゃう。でも、ちょっと面倒だなあ。
ケータイを取り出して時間を確認した。待ち合わせ時間の10分前だ。これなら大丈夫だろう。私はしっかり息を吸ってから、下品な笑みを浮かべる彼らを見上げた。

「お、気が向いた?」

「……あは、君たち私に声かけるとか見る目ないねえ。他の女の子だったらころっと着いてってたかもしんないのにさ。私くらいなら落とせるだろって思った? 残念、君たちに着いてくくらいならスライムとデートした方がマシ」

「は、……はあ? なめてんのか、」

「私見るからに彼氏待ってんだからさー、もっといるじゃん、いかにもフリーですって子。可愛くないとか言わないでね、君たちもそんなこと言えるほどイケメンじゃないから」

すらすらとそこまで言って口を閉じると、目の前でべらべら喋ってた男は完全に閉口して、見るからに顔を引きつらせた。怒ってる怒ってる。そんな顔するくらいなら声かけなきゃいいのに、ほんとバカ。バカの極み。救いようが無いってこういうこと言うんだね。
キレそうになってる仲間を見兼ねて、もう1人のほうがまあまあと彼を制した。

「待てって。お嬢ちゃん、わりいことは言わねえから着いてきなよ。楽しいことしようぜ?」

「それが悪いことだって言ってんじゃん。ていうか古いよ君たち。気持ち悪いからこっち来ないで、あっち行って」

不機嫌丸出しでそう言うと、ついに話を聞いていた男がキレたようだ。「てめぇ、大人しく聞いてりゃ調子乗りやがって……!」なんて、どこのバトル漫画だよ。顔を真っ赤にして拳を振り上げてくる彼に、さすがに衝撃に備えて目をぎゅっと瞑った。ああもう、最悪だ。

「はーい、そこまで」

拳の代わりに降ってきた、聞き慣れた間延びした声に、目を開けた。私に降り掛かろうとしていた拳の手首を掴んで、へらりと笑う彼の姿が目に入る。

「ごめんねー、その可愛い子、俺のなの。ちょっと口悪いけどいい子だから許したげて」

隆平の物腰柔らかな口調と反比例するように、掴まれた男の手はどんどん力無く開いていき、顔も苦痛に歪んでいる。「く、そっ、はなせ!」「、おわ」掴まれていない方の手で自分を拘束している人物に殴りかかるが、彼はそれをひらりと躱して相手の足元に自分の足を軽く引っ掛けた。とたんに、男ががくんと崩れ落ちる。

「悪いけどさ、俺もあんまり暴力沙汰にはしたくないんよ」

「っ……くそっおい、行くぞ!」

成り行きを見守っていたもう1人の男は、びくっと肩を跳ねさせてばたばた去っていった。隆平に転ばされたほうもその後を追う。……助かった。ほっとして彼に抱き付くと、「およ」と小さく声が上がった。かわいい。

「ていうか、名前ねえ、ナンパされるたびにああやって相手挑発すんのやめんしゃい……」

「だってりゅーへーが助けてくれるもん」

「うーん、それはそうだけどね?」

否定しないあたり、本当に私に甘い。声をかけられることがまずそんなにないとは言え、実際、待ち合わせ中にあんな風にされて、助けてくれなかったことは1回もなかった。いつだって隆平は時間より早く来て、ばっちり私を助けてくれる。信頼してるのだ。甘えかもしれないけど、隆平が甘やかすのだから仕方ない。

「ね? じゃあいいじゃん」

「あのさー……自分の大好きな女の子が知らない男にべたべた触られてるのに、いいじゃんで片付けらる男じゃないんよ、俺」

ぽんぽん、とあやすように背中を叩かれ、顔が熱くなる。この人は全く……俺の子とか大好きとか、当たり前のように言うから、ちょっと恥ずかしい。愛されてるなーってわかるから嬉しいんだけど。

「てことで、今日は俺んちでデートね」

「えっ! なん、ひゃっ」

なんでって聞こうとして、その声は隆平の行為によって遮られた。骨張った手がするりと私の太ももを撫でたのだ。なんていうか、その、手付きが……「ちょ、ちょっと!」真っ赤になって声を上げると、彼が覗き込むように私と視線を合わせてにやりと笑った。色素の薄い髪が、さらりと流れる。

「消毒、しないとでしょー」

「っ、ばか変態!」

「ええー、名前も嫌じゃないくせに」

ええーなんて言いつつ隆平は至極楽しそうだ。拒否できないってわかってやってるんだろうか。引かれた手に大人しく従いながら、顔を隠すように俯いた。……この人は、全く!
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