※付き合ってるけどあまり幸せじゃない話
教室へ入るドアのすぐ傍にしゃがみ込んで、かこかこケータイをいじる。緑間が毎日欠かさずチェックしている、おは朝の公式サイトの占いページをなんとは無しに見てみた。私の星座は10位だった。
(『言いたいことがうまく伝わらくて、ストレスを感じる1日になりそう』、か……)
「宮地のことが、す、好き、なの。だから……付き合ってくださいっ!!」
開けっ放しのドアの向こうから聞こえる、うちのクラスのまあ可愛らしい女の子の声。明るい茶色の髪をゆるく巻いた、おめめぱっちりの、いかにも宮地が好きそうなアイドルタイプの子だ。電源ボタンを連打して、ケータイを閉じる。足が疲れてきたのでぺたんと座り込むと、廊下の床の冷たさがじわじわと伝わってきた。外はだんだん暗くなってきている。早く帰りたいなあ。
「……おまえの気持ちは嬉しいけど。付き合うってのは、ちょっと無理だわ」
「っ……なんで? やっぱり私じゃ、駄目なの?」
「いや、だめっていうかさ……あー、おい、泣くなよ」
駄目だよ、駄目に決まってるじゃん、宮地は私と付き合ってるんだから。立てた膝に顔を押し付けながら、唇を尖らせる。なんで泣くの、宮地があんたと付き合うわけないでしょ。本当は今すぐ飛び出してこの人は私の彼氏なんですって言いたい。でも、待ってろって言われた私は黙って此処で待ってなきゃいけないのだ。
「俺のこと好きになってくれたのは本当に嬉しいし、おまえは友達として普通に好きだからさ」
「う、んっ……ごめんね、困るよね……」
「大丈夫だっつの、ありがとな」
「うん、……ひっ、うぅ……」
真っ暗な視界に、教室の情景が浮かび上がる。俯いたまま綺麗に涙を落とす可愛いクラスメートと、大きな手で優しくその頭を撫でる自分の彼氏。宮地は女の子に優しいから、きっとそうするに違いない。整った顔を困ったように歪めながら、私にはくれない優しい言葉をかけるんだ。
ぐ、と奥歯を合わせる。顔を押し付けたスカートが、少し濡れた。
「ごめん、ごめんね……もう、大丈夫……、また明日ね」
「おー、じゃあな」
開けっ放しのドアから、可哀想な女の子が出てきて、こちらに気付いた。顔を上げてそちらを見上げると、ちょっと困った顔で照れたように笑いながら「秘密ね、」とだけ言った。素敵な子だなあなんて思いながら、私は頷いた。
「……おまえ、聞いてたのかよ」
「忘れ物したとか言うわりになかなか戻ってこないから、わざわざ教室まで来たんじゃん」
ぱたぱたと彼女が去っていった後、やっと宮地が教室から出てきた。苦い顔をする宮地を余所に、よっこらせとぼやきながら立ち上がる。宮地は申し訳なさそうに眉を潜めて、わりぃ、と一言謝った。
「変なもん聞かせた」
「別に気にしないよ。宮地がモテるのは付き合う前から知ってたし」
「だとしても、気分のいいものでも無いだろ」
「だからって宮地が謝ることないってば」
へらりと笑って見せると、宮地は少し安心したようにそうか、なんて言って頷く。本当に私はよく出来た彼女だ。(そう自分に言い聞かせた)
「じゃあ、まあ、帰るか」
「ん。……ねえ宮地」
「あ? なんだよ」
「もし私と付き合ってなかったら、あの子と付き合ってた?」
「…………」
酷い質問だなあと我ながら思った。宮地は歩く足を止めずに、言い淀む。外はすっかり暗くなってしまった。もう一度、ねえと催促すると、宮地は自分の髪を弄りながら迷うようにゆっくり言葉を吐く。
「……んなの、そんときじゃなきゃわかんねえよ」
「そう、だよね」
「何、別れてえの?」
先を歩いていた宮地が、突然こちらを振り返った。別れたいなんて、そんなの有り得ない。叫びたくなる衝動を抑えて、慎重に口を開いた。
「別れたいわけじゃ、ないよ。宮地のこと好きだもん」
「……あ、そう」
ふい、と前を向いて再び歩き出した宮地の後を追って、少し早足で歩く。どうやらまだ傍に置いてくれるらしい。安堵の息を吐きながら、嫌われないことだけ考えている私の滑稽な姿を、心の中で笑って、泣いた。
(泣き虫になりたかった。きみに慰めて欲しかった。)
(title:確かに恋だった)