仲良くなったのは席替えして隣になったというとてもわかりやすい理由からだ。それで、まあ男女がやたら仲良くしてると当然変な噂が立つわけで。いつも大人しい伊月くんが何故かそれに悪ノリしたのが、多分、事の発端。
「本当に付き合っちゃおうか」
なんて、いつもの爽やかスマイルで言われちゃって。ただ、すっかり友達として落ち着いた伊月くん相手にどきっとかきゅんっとかあるわけもなく。が、まあ、彼氏欲しかったし、伊月くんイケメンだし、駄洒落好きという残念な趣味を差し引いてもいい人ではあるので、私は半分くらいその場のノリでそれを承諾したのだ。
「付き合うって具体的に何するの?」
「え、一緒に帰ったりとか」
「なるほど」
「……今日一緒に帰る? 部活短いから」
ここで恒例の伊月スマイル。断る理由もない私はそれを承諾。ということで、私は校門にて彼の部活終了を待機中なのだ。以上、回想終わり。
ケータイの液晶画面は夕方7時直前を示している。伊月くんが嘘をついてなかったら、そろそろバスケ部の活動が終わるはずだ。因みに私はずっと此処にいたわけではなく、つい先ほどまで図書室で大人しく勉強していた。
ちら、と昇降口のほうに視線を向けると、ちょうど伊月くんが出てくるのが見えた。おお、ナイスタイミング。軽く手を振ってみると、伊月くんが私に気付いたのか、視線がこちらに固定される。伊月くんは少し眉を潜めて遠くのものを見るように手を額に当てた。え、そんなに距離無いよね。伊月くん目悪いのか。でも伊月くん前の健診で余裕のAAとってた気がするんだけど……あ、それとも
(私との約束忘れてたとか)
…………いや、ない。伊月くんに限ってまさかそんな。でも忘れられてたらちょっと寂しいなあ。むしろ、全部冗談だったとか? ……、なんかありそうな気がしてきた。だとしたら、私馬鹿みたいじゃん。恥ずかしい。嫌な想像ばかりしちゃってしどろもどろしてると、伊月くんが小走りでこちらに駆け寄ってきてくれた。
「名字、待っててくれたんだ」
「え、あ、うん」
「そっか、ありがとう。あ、ごめん、俺目悪くて」
「い、いや、大丈夫……です」
「はは、なんで敬語なの」
(う、わ)伊月くんめっちゃ嬉しそう。ふわふわ笑う伊月くんの声に、心臓が跳ねた。そんな表情してくれるとは思わなくて、びっくりしたっていうか、そう、不意討ち、だ。付き合う? って訊かれても何も感じなかったのに、今、すごくどきどきしてる。どきっとかいうレベルじゃない。
さっき以上に挙動不審になりながら、ふと伊月くんの言葉に引っ掛かりを覚えた。
「伊月くん、目悪かったっけ?」
「ああ、普段はいいけどね。鳥目なんだ」
「えっそうなの」
「うん、そうなの」
「……っ?」
言いながら、伊月くんがナチュラルに手を繋いでくる。えっえっ、何、伊月くんは私をどうしたいの。「だから離れんなよー」とか言ってゆるーく笑う伊月くんの顔が直視できない。伊月くんて天然たらしなの? そうなの!?
「じゃあ帰ろっか。家、あっちだよね?」
「えっ、う、ん」
「……もしかして緊張してる?」
伊月くんがからかうようにこちらを振り返る。……こいつわざとか! なんか私だけどきどきしてるのが悔しくて、握られた手を一度ほどいて、指を一本ずつ絡めてぎゅって握ってみる。恋人だもんね、いいよね。ちらりと顔を伺ってみると、「……名字?」伊月くんはびっくりしたようにこちらを見ていて。なんかすごく恥ずかしいことをしているような気がして、ぱっと手を離した。
「な、なんでもない!」
「あ、ちょっと、名字」
早足で、少し前を歩いてた伊月くんを追い越す。ああ、もう、恥ずかしい。赤い顔を隠すように俯いたまま歩いていると、待って、と引き止められる。ぐいっと腕を引かれて振り返ったら、真面目な顔した伊月くんがじっとこっちを見てた。「な、に?」不意にその顔が近付いてくる。あ、キスされる、って思って目をつぶった。
……けど、いつまで経ってもそれは来ない。またからかわれたかと思ってそっと目を開けると、その瞼に何か柔らかいものが触れた。それが何か、理解して、顔が一気に火照る。う、うああ。
「……あんま可愛いことしないでほしいっていうか」
「えっ、いづき、くん?」
「期待するだろ」
いつもゆるゆる笑ってて、冷静沈着な伊月くんが、不機嫌そうな顔を赤くしてそんなこと言うから、くらっと来ないわけがなくて。心臓が壊れそうだ、とか思ってるところにまた繋がれた手が、離れるなよって言う代わりにぎゅっと握られた。