きっかり3ヶ月前の話。少しずつ涼しくなってきた9月の末、夕陽で赤く染まる放課後の教室。その日私は、ずっと好きだった高尾くんにやっとの思いで告白した。恥ずかしくて顔が熱くて、視線を合わせることができなくて、ひたすら自分の上履きと見つめ合っていたのを覚えている。

今でも、高尾くんの声をそっくりそのまま脳内で再現できるくらい、あのときの記憶は脳にこびりついている。

「俺、今はバスケが大事だし、名前ちゃんのことは正直……友達以上では、見れない。人としてはすげー好きだし、今までどーりじゃダメ?」

顔を上げると、少しだけ困ったような表情で笑う高尾くんがいた。ずるいって思った。あんな顔されたら、だって、何も言えない。私がうんって言って、ありがとなーって高尾がぐしゃぐしゃ私の頭を撫でて、私はその日少しだけ泣いて。
それから後は本当に今までどーり、だった。私と高尾くんと緑間くんの3人で、ラッキーアイテムを買いに行ったり、勉強会とかしたり、くだらない話で盛り上がったり。そして、今までどーり、高尾くんが好きだった。

それからしばらくして、私のことを好きだって言ってくれる人ができた。私も、好きだよ。そう嘘をついたら、彼は泣きそうな顔で笑って、壊れ物を扱うみたいに私をそっとそっと抱き締めた。それで、それから、私は彼を好きになろうって決めた。
彼はいい人だ。優しくて、暖かくて、私の隣にいたいって言ってくれる。彼と付き合い始めてから、高尾くんや緑間くんとは疎遠になった。それでも、(……それで)いいんだって、私は自分に言い聞かせた。寂しいときは彼がそっと抱き締めてくれた。頭を優しく撫でてくれた。好きだって言ってくれた。彼の隣にいることは、幸せなことだった。



「名字、さ、俺のこと好きじゃないだろ」

これは、昨日の話。あの日みたいに泣きそうな顔で笑いながら、彼がぽつりと呟くように私に問うた。やっと彼との幸せを感じた矢先だったから、なんでそんなことを言うんだろうって思った。私はきっと彼を好きになれる、そう、思ってたのに。「ごめんな」なんで、そんな顔して謝るんだろう。続きが聞きたくなくて、またあの日みたいに俯いた。上履きが、顔を上げろよって笑ってた。

「ごめん。……別れよう」

ああ、と、唐突に理解した。
きっと彼は、最初から知っていた。私がどう思ってるかも、私がどうしたいのかも、全部、余さず、気付いていた。傷ついたのは彼で、傷つけたのは誰だろう。でも、悪いのはきっと私だ。




なんとなく、高尾くんと話したくなった。本当はなんとなくなんかじゃなくて、自分でちゃんと気付いてたけど、そんなの知らないふり。私は今日、久しぶりに高尾くんと喋って、きっと慰めてもらって、何事も無かったかのように帰って、それから、多分、少しだけ泣くんだ。
突然呼び出された高尾くんは、ずっと喋ってなかったなんて嘘みたいに、からから笑いながら教室に入ってきた。窓際、教室の一番後ろ。そういえばあの日も此処で告白して、此処でふられたんだっけ。あの時は今より日が落ちるのが遅かったから、嫌がらせみたいに赤い光が教室に散乱していたんだ。

「いきなりどうしたの名前ちゃん、2人で話すとか久しぶりすぎて俺キンチョー」

どうしよう、なんて言えばいいのかな。視線をゆらゆらさせながら、曖昧に言葉を濁していると、名前ちゃん? って高尾くんが首を傾げる。あ、やばい、泣きそう。じくりと視界が歪む。敏い高尾くんはそれに気付いて、ぎょっとなった。「ほんとどうしたの名前ちゃん、」やっと、口を開く。薄く開いた口は、目の前で困惑している高尾くんに、ふられたんだ、と、言葉を落とした。高尾くんは目をちょっとだけ見開いて、困った顔して笑いながら、そっか、とだけ言った。頭が重たくて、また俯く。すっかり日の落ちた冬の教室は寒くて、私たちが此処にいることをまるで歓迎していない。高尾くんがはっきりと私を拒絶し、受け入れた日、私がひっそりと高尾くんを否定し、突き放した日。その前だったら、軽く笑いながら会話を続けられたのかな。なんでだろうね、心の何処かで、わかってたくせに、いざこうなるとやっぱり苦しい。私が選んだくせに、私が望んだくせに。

でも、もうそれは過去の話で。
どんなに悔やんだって、もう戻れない。

「……。なんで、俺に言ったの」

要らなくなった感情を綺麗にしまって包装して、思い出のレッテルを張った箱の、リボンが、無遠慮に解かれる。なんで? わかんないよ、そんなの。私は何も答えないで、無言のまま教室の床と睨めっこ。顔を上げると、高尾くんの大きくて骨ばった手が私の視界を覆ってしまう。高尾くんの指先は冬の気温に同化していくみたいに冷たかった。

「名前ちゃんは、自分の言葉の影響力わかってなさすぎ」

綺麗に綺麗に包装しておいたのに、早く中が見たいって真剣になってる子供がするみたいに、びりびり包装紙が破かれていく。思い出す。そんなこともあったな、なんて、嘘ばっかり。暗い視界に響く高尾くんの声がそう言って私を責め立てる。それは、見えなくてもそこにあって、今再び、私のものになる。

「あんな顔してさー、好き、なんて言われて、ぐらっと来ないわけないって」

目を覆っていた手が上にずれて、ぐしゃりと前髪をかき乱す。高尾くんの顔が見える。今、高尾くん、何を言おうとしてるの?
包装紙はすっかりはぎ取られて、不格好な箱の蓋に手がかけられる。寒いから、では説明できないくらい真っ赤になった高尾くんが、迷うように言葉を探している。珍しいなって思いながら、その、綺麗な、少しだけ幼い顔を見つめる。


「ねえ、俺、名前ちゃんのこと好き」

「……私も、私も高尾くんが、」
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