『もしもし』

「うううう、せんぱーい……」

『はあ? なに、泣いてんのかよ』

「泣いてないですう……」

久しぶりに聞いた愛しい声に返した嘘は、ずいぶんひどい鼻声になってしまった。嘘つくなよ轢くぞなんてため息混じりに言われたが、少し早口に聞こえたのは気のせいだろうか。やっと電話できたのに、その行為が宮地先輩を困らせてしまう。それがまた悲しくて、ひうっと小さくしゃくり上げた。

『今どこ』

「い、家です……」

焦ったような怒ったような、少しぶっきらぼうな言い方で聞かれて、思い切り萎縮する。それが伝わったのかどうなのか、ほんの少し、優しい声で、宮地先輩が「今行く」なんて、って、『へっ!?』思った以上に大きな声が出た。い、今この人はなんて仰ったのか。

『だ、だめです、だめだめっ』

「うっせえな、知るかよ」

『だって……そう、あの、い、今、部屋汚いしっだからっ』

「はっはー、知るかって言ったよな? 裂くぞ?」

『ええ……!』

確かにそういう願望は少なからずあるわけだけど、それが出来ないからこうやって電話してるのだ。宮地先輩は大学で忙しいだろうし、突然意味わかんない電話しただけでも迷惑被ってるだろうに。しかも、大好きな人にこんな顔見せられない。大体宮地先輩今どこにいるの。家だってそんなに近くないじゃん。

「ほ、ほんとに来るんですか……?」

『当たり前だろ。すぐ着くから掃除でもしとけ』

ぶつん、と通話が強制終了させられて、あとには無機質な電子音が鳴るばかりだ。ケータイを閉じて、自分の格好を見直す。1日家で勉強するつもりだったから、思い切り部屋着だ。す、すぐ着くって言ってたよね。えっと、とにかく、着替えなきゃ。いや、それよりやっぱり宮地先輩の言うとおり部屋を片付けたほうが……? 挙動不審になりながらばたばた動き回っていると、チャイムが鳴った。本当にすぐだった。いくらなんでも早過ぎる。急いで玄関にダッシュして、ドアを開けようとして、思い止まる。今、このまま会ったら、どうなるかくらいはわかった。深呼吸して、落ち着いて、とにかく宮地先輩を困らせることがないように。鍵を開けて、ドアを開けて、少し首を上に傾けた。あ、宮地先輩だ。うれしい、な。

「いらっしゃい」

よし、できた。完璧な笑顔で宮地先輩をお出迎えする。なのに宮地先輩は思い切り綺麗な顔を顰めて、しばらく無言で私の顔をガン見した。……こ、こわい

「あ、あの」

「……、とりあえずおまえ」

「はい? うお、むっ!」

「轢き殺すわ」

「ふ、えっ」

突然、ぼふんと顔を宮地先輩のシャツに押し付けられた。慌てて抜け出そうとすると更に力を込められる。……力で宮地先輩に勝てるわけがない。大人しく諦めて宮地先輩に体を預けた。
鼓動が聞こえる。温かい。融けだすようにどろどろと、何かが溢れだす。

「先輩」

「んだよ」

「私、あの、」

「……」

「だんだん、わかんなくなっちゃって……」

「おー」

最低限の相槌に、糸を解くように感情がするするとほぐれていく。

「ずっと同じような問題解いて、これでいいんだって言い聞かせても、不安で、あの、」

「わかってる」

ゆるりと髪を撫でられて、自然と涙が滲む。この人は全く、なんでこんなに私の見せたくないとこまで引っ張り出しちゃうんだろうか。挙げ句の果てには「見てねえから」なんて言って抱えるように抱き締めるのだから。

「大丈夫」

「っ……はい」

この人の一言で、泣き方と笑い方を知らされる。体温が、鼓動が、側にある今この時間、世界を、永遠に閉じ込めていられたらと幾度も私に願わせた。その時に、この人が横にいる奇跡が、どんなに凄いことか、きっと私はこの先何度も思い知らされる。宮地先輩に抱き付いたままそんなことを考えて、それから思考を放棄した私は、眠るようにその日だまりに身を投じた。

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