「おまえ大胆すぎだろ……」

「う、うるっせえ!! 大胆に行けっつったのおまえだろーが!!」

「いや、そこまでやるとは思わんかったよ俺も」

にやにや笑っているがぶっちゃけ笑い事じゃない。困っているのだ。勢いとはいえ、とんでもないことをやってしまった。完全に俺のことをその辺のオンナノコと一緒に見ている名字に、男として見てもらえれば要はそれで良かったのだ。なのに、多分、というか確実に、あの時の行動はそれ以上の印象を与えてしまった。端的に言えば、嫌われたかもしれない。実際現在、思い切り避けられている。

「ついに別れたかってまた噂になってんぞ」

「はあ!?」

まじですか。真面目な表情に呆れを含ませてため息をついたこいつは、確かに俺よりこの学校の噂話などには詳しいだろう。だからこうして不本意ながらも隣のクラスまで来てわざわざこいつに相談しているわけだが。

「あーもうどうすりゃいいんだよ……」

「いやあ、俺もおまえがそんな行動取るとは考えてなかったからな」

「…………」

言外に自業自得だというニュアンスを含ませる森山に、思わず言葉を詰まらせた。勢いに任せてあんな行動を取った俺が悪いのは分かっているのだ。

「あ、名字ちゃんだ」

「は?」

ばっと顔を上げた。廊下だ。忘れ物をしたのか、名字は慌てた様子で俺たちがいる教室を通り過ぎていく。此処は俺や名字にとって隣のクラスに当たるわけだが、彼女が用があるのは、当然と言えば当然だが、自分の教室のようだ。こちらに気付いている様子はない。思わず身体が動いた。「お、おい、笠松!?」制止の言葉を無視して、慌てて彼女の後を追う。隣の教室――つまり俺たちのクラスに入って、

「えっ笠松くん?」

「名字っ、」

「な、なんで……!」

俺に気付いた名字は、驚いた後一歩下がって思い切り顔を逸らした。……此処まであからさまに避けられると、さすがに、精神的来るものがある。
また咄嗟に腕を掴もうとした手を、慌てて引いた。これ以上嫌われるようなことをしてどうする。中途半端に伸ばした手をどうすることもできずに、中途半端なまま、中途半端な声を漏らした。

「あー……この前……その、悪かった……」

やっと、喋れた。下を向いていた視線がゆっくりとこちらに向けられる。思い出したのか、名字は顔を赤くした。「ば、ばか」不意に、名字の細い手がこちらに伸びた。中途半端な位置で戸惑っていたままの手を握られて、そのまま少し引っ張られる。

「……名字?」

顔に熱が上るのを感じた。もともと女子が得意ではないのだ。正直話すだけでもいっぱいいっぱいなのに、いきなり手を握られて困惑しないわけがない。……同じこと、というかもっと恥ずかしいことを先日俺から彼女にしたというのが、自分でも信じられない。

「あ、あの、さ……笠松くん、意味知っててやったの……?」

「えっ、あ、ああ」

手首へのキスの意味。これも森山から聞いた話だが、今考えると、よくあんなこと出来たな俺とほとほと感心する(と、いうか、呆れる)。しかも彼女もそれを知っていたらしい。そりゃあ避けるのも当然か……森山だってあんなことはしないだろう。
名字はそのまま俺が黙り込んでしまったのを肯定と受け取ったらしく、気まずそうにまた視線を逸らした。2人の間に沈黙と微妙な空気が流れる。

「……他の場所の意味も、知ってる?」

「は?」

他の場所? 名字はまた少し俺の手を引いて、悩むように眉間にしわを寄せた。くそ、なんだよこの空気。しばらく躊躇うような素振りを見せた後、名字は俺の手を掴んでいない、左手を近くの机に付いて、掴んだ左手に顔を寄せた。

「は、名字……!?」

「……そういうことだから」

返事待ってるからね。制服の袖の上から押し付けられたそれと、何故か少し不機嫌そうな、赤く上気した表情に、どくんと心臓が脈打った。ぱっと手が離されて、呆然とする俺を余所に名字はそのまま教室を出ていってしまう。……先日と、完全に立場が逆だ。頭が上手く回らない。
今、あいつ何した?

「名字ちゃん飛び出していったけど……笠松? おい、今度は何やったんだよ?」

しばらくその場でぼうっとしていると、誰かが教室に入ってきた。うるさい誰だよ。森山か。こんな顔見せられるか、そのままその場に座り込んで、顔を伏せた。

「おーい、笠松?」

「……森山、腕のキスの意味は?」

「は? 腕? 腕は……確か、恋慕だったと思うけど」

恋慕。恋い慕う。そういうこと、って、どういうことだよ。単純すぎて意味わからん。あんまり期待させるようなことしないでほしい。(……だー、くそ、あいつぜってえシバく)にやにやしながらこちらを覗き込んできた森山の脛を殴って、ふらつく足元を見ないふりをしながら立ち上がる。
とりあえず、次こそはちゃんとキスしてえな、と、真っ赤になった顔を思い出しながらそう思った。

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