「私メリーさん、今貴方の町にいるの」
先日ふと通り過ぎた瞬間、ちらりと此方を振り返った中学生くらいの男の子。その子が持ってたケータイに電波を飛ばしてアクセス、レッツテレフォンショッキング。
『は? つーか誰おまえ、』
「だからメリーさんって言ったじゃん、憑くぞ」
『つ……? 悪戯だったら切るぞ』
「え、寂しいからもうちょっと電話、」ぶちっ
やだ冷たい。少ししょんぼりしながら、電波から割り出した彼の居場所へ移動する。幽霊の良いところは疲労が全く無いところ。質量は無いようで有るし有るようで無いけど、どうやら慣性の法則は働くのに空気抵抗や摩擦がちょっと小さいみたいで、一歩一歩がふわふわしてる感じ。
私、名字名前、通称メリーさんは、幽霊にジョブチェンジして今年で4年。これが長いのか短いのかはわからない。なんてったって、他の幽霊さんに会ったことが無いんだもん。
先程電話した男の子の家の近くまで来て、再び電話をかける。
「はあい、私メリーさん。今、貴方の家の近くにいるの」
『……なんだよ、おまえ』
「もう少し付き合ってよ、もうすぐ家に着くから。あ、コンビニでなんか買って行こうか?」
『んな軽いノリのメリーさん初めて聞いたわ』
「まあ私買えないんだけどね。だって都市伝説だもん」
『なんなんだよ! もう切るぞ!』
ぶちっ。最近の若者は短気だわ。まあ私も生きてたころは中学生だったけど。もし生きてたら高校2年生かー、青春真っ盛りって感じ。綺麗な一軒家を見付けて、中を覗く。電波は操れても透視は生憎出来ないから、彼の部屋が何処かとかはわからない。残念。また電話をかける。
「もし、今貴方の家の前よ。今から入るわね」
『は? ちょ、やりすぎだろ、え、マジで言ってんの』
「大真面目よ。今貴方の家の中に入ったわ」
『いや、だって玄関の音とかしなかったし』
「此処が貴方の部屋?」
『ふざけんなよおまえ……!』
おお、怯えてる怯えてる。ごめんね、怖がらせたいわけじゃないの。
ただちょっと寂しいだけって、わかってね?
「ハロー、私メリーさん。今貴方の後ろにいるの」
「え、」
赤いケータイを耳に押し当てる男の子の背中にもたれかかって、電波越しに話し掛ける。男の子は腰が抜けたみたいで、がたんと座り込んでしまった。そんなに怖がることないのになあ。
「ね、あったかいでしょ?」
「な、ん……」
「怖くないよー、私ただのメリーさんだもん」
「……っ?」
「ちょっとお喋りしましょうよ」
言い忘れていたが、私には体温があるらしい。
以前あった女の子(彼女は全く怖がらなかった)が、「メリーさんってあったかいんだねー」って言ってた。これには私もびっくり。死んでるのに体温なんかあるわけない。でも、触れたら驚かれることがたまにあるから、つまりはそういう事なのだろう。ただ、感じることが出来るのは一部の若い子のみみたいで、大人でこの存在に気付いた人は今までにいなかった。
それは、終わりの無い、孤独だった。
「ほん、とに、いんの……?」
「怖い?」
「っ……」
「さっきまで普通に喋ってた仲じゃん、仲良くしましょ」
「んなこと言っても!」
「あ、ねえ、君バスケ部なの?」
「えっ、あ、おう」
机の脇に転がるバスケットボールが懐かしい。私の幼なじみがバスケ部だったなあと顔を綻ばせる。彼のスリーポイントシュートが好きだった。
「ポジションは? 身長低いしPGとか? SF?」
「はあ!? SGだし、舐めんな!」
「シューティングガード!? 凄い、じゃあスリーポイントシューターなんだ!!」
「お、おう、一応な……」
すごいすごい、と盛り上がると、男の子はちょっと照れ臭そうに「別にすごかねーよ」と謙遜した。可愛いな、こいつ。彼女とかいそう。
「俺たちが入ったときに丁度、キセキの世代とか言う奴が3年生だったんだよ……去年の3年可哀想だったぜ」
「え、じゃあ君、帝光中?」
「知ってんのかよ……メリーさんのくせに……」
「他の子から聞いた事があるの」
そうか、じゃあ強いんだろうな。
キセキの世代は詳しく知らないが、無冠の五将さんと喋ったことがある。そこで彼らの存在を知った。生前、バスケが好きだったから、バスケ部の子たちとは例に漏れず盛り上がる。そりゃまあ最初は警戒されるけど、慣れればどうってことない。
私のことがわかる人は喋るのが好きな人や寂しがりやな人、悩みを抱えている人など、とにかく話し相手が必要な人ばかりだった。
「つーか、おまえこんなことずっとやってんのかよ」
「そうねー、1回ニュースになったことあるもん」
「は? ニュース?」
「うん、最近奇妙な悪戯電話があったとの報告が相次いでいます、だって。その頃は相手してくれる子が激減しちゃって辛かったなあ……」
「暇人かよ……」
「超暇だよ。美味しいものも食べれないし、疲れないから寝れないし、楽しみなんて人が読んでる漫画横から覗き見るくらいのもんよ」
「…………」
「誰にも見えないなんて、最初こそ映画みたいでテンション上がったけど、寂しいだけね」
もたれかかっていた背中が、少し丸くなる。考えているのかもしれない。
「……親が、離婚したんだ」
「うん」
「あんたのせいだ、あんたのせいでこうなったんだって、言われて」
「うん」
「死にたくて」
「……うん、」
「でも、死にたくない、し」
「うん、それで合ってるよ」
死にたいけど死にたくない。みんなそんなもんだ。そうなったら歩くしかない。重たい足引き摺って、声を張り上げて、歩くしかない。生きるのは死ぬほど大変だし、だからみんな最後に死んじゃうけど、それでも、死ぬ瞬間までまだ生きたいって思っていたい。
だって、世界には素敵なことが溢れている。一生かかっても体験しきれないくらいに。ソクラテスが言った「知らないということを知りなさい」という言葉は、きっとそういう事だと思いたい。
「辛いんだね」
「……っごめ、」
「いいよ」
生きてるって素敵なことなんだよ。それは今辛い思いしてる人たち全員に、メリーさんが伝えたいこと。
好きな音楽、好きな映画、好きな漫画、好きな人。それからいろいろ話して、男の子のお母さんが帰ってきたから通話は終了した。男の子はまた来いって言ってくれた。多分、それはだいぶ先になりそうだけど。
ふらふら歩いて、闇が深くなっていく空を見上げた。きっと家族のために腕時計と睨めっこしている帰宅ラッシュのサラリーマンを横目に、話し相手になりそうな人はいないかなあ、周りを見渡した。
「あ、」
(ん?)
ぱちん、と、視線がぶつかった。男の子だ。同い年くらいに見える。途端に、強烈な違和感に襲われた。え、なに。と、いうか、何処かで見た気が……。
首を傾げて去って行く彼のケータイを、慌てて覚える。カバンに入った、黒いケータイ。ジャミングが酷くて少し手間取ったけど、電話番号はなんとかわかった。そう、そうだ、違和感、これだ。なんで気付かなかったんだろう。身体が熱くなる。震える。
死んでから、誰かと視線が合ったことなんてなかったんだ。