高尾
※暴力表現有。高尾がゲスい
肩を思い切り殴り付けると、鈍い音がした。外れたかもしれない。名前は目に涙を浮かべて声に成らない悲鳴をあげる。その歪んだ顔を見て、少しだけ気持ちがすっとした。仕上げとでも言わんばかりに下腹部を蹴り上げてやると、可愛い彼女は高い声で鳴いた。
「いあ゛ッ……!!」
「はは、その顔サイコーだわ。俺、名前ちゃんの痛がる顔だあい好き」
「、ぐ……」
「あーらら、肩外れちゃった? ごめんごめん、治してやんね」
「ひっ、が、あああっ!!」
名前を踏み倒して左肩を足で押さえ、無理矢理右腕を引っ張った。ごき、と嫌な音がして、外れた肩は元に戻る。名前の瞳から色の無い血がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「はあ、はあっ……」
「今日はこれでいいや。なあ、俺は悪いことしてる?」
「ちが、う、高尾は……高尾は、わるく、ない」
「だよなあ」
俺は悪くない。俺の周りでこそこそ陰口言う奴が悪い。俺のバッシュを滅茶苦茶にした奴が悪い。先輩の癖に嫉妬しかできない奴が悪い。実力も無い癖におまえがいなきゃなんてほざく奴が悪い。
俺の怒りを受け入れて全て許してしまうおまえが悪いんだ。
「痛い?」
「痛い、けど……高尾は、もっと痛いでしょ」
「……」
こいつも愛想尽かして「もう別れる」って言えばそれで終わるのに、つくづく馬鹿な奴だと思う。俺の手首の傷は癒えたけど、こいつの傷は癒えるより早く増えていくばかりだ。馬鹿じゃないのか。痛いに決まっているのに、こいつはへらへら笑いながら俺を許容するのだ。
熱が治まってから彼女の痣を見ると、酷い後悔に襲われる。何度も止めようと思った。しかし、彼女が俺をどろっどろに甘やかすもんだから、気付いたら手を出している。彼女の言うとおり、この行為は、酷く痛かった。
今みたいに感情が高ぶっていないときに、別れを切り出したことがある。俺の言葉に甘い彼女は迷った挙げ句頷くだろうと思っていた。しかし彼女は、あろうことか即答で俺の申し出を拒否したのだ。
「高尾が私のこと嫌いで嫌いで仕方ないって言うなら別だけど……。高尾は絶対、別れても私に手を出すから。高尾に彼女以外に手を出して後悔させたくないし、高尾の手で人が傷付くのも見たくないから、今のままがいい」
「……それ、本気?」
「うん。あ、高尾が好きだから別れたくないっていうのもあるけど」
照れくさそうに笑った名前を抱き締めて、俺はごめんって何度も言った。俺だって名前のこと好きなのに、なんでこうなるんだろう。
膝をついて、あの日みたいに彼女を抱き締める。耳元で小さく痛みに喘ぐ彼女に、涙が出た。俺がもっと強ければ、もっと弱ければ、この子をこんな風に傷付けることは無かったのに。
「ごめん、ね、高尾」
「っなんで名前ちゃんが謝んの……好きなのに、こんなことしか、できなくて」
「私が甘やかすのが悪いんだよ、高尾は悪くないの。……好きになって、ごめんね」
なんで、なんでこの子なんだろう。傷付けたくないのに、大切なのに。好きになってごめんなんて、そんなこと言ってほしくないのに。幸せにしてやりたいし、幸せになってほしいのに。
「好きだよ、高尾」
「っ、ごめん……!」
君と僕の隙間は汚くて痛いのに、其処には愛だけで、もう手の施しようも無かった。
(それがきっと愛するということ)