※謎パラレル。

snow wonder


ここはどこなのだろう。目に入るもの全てが白くて、進むべき道はもちろん来た道さえも分からなかった。
仕事に息詰まって行く当てもなく電車に乗り込んだことまでは覚えているけれど、その後どの駅で降りてどうやってこんな雪の中を歩いてきたのかは記憶にない。相当疲れていたのだろうなぁ、と他人事のように思う。下半身まで雪に埋もれているというのに、黄瀬は手袋も身に着けていない。春先用のコートの下はシャツとカーディガンで、家を出たときの格好のままだ。冷え切ってしまった指先を擦り合わせる。寒い、冷たい。そんな感覚はとうの昔になくなって、自分が今、立っているのか座っているのかさえも分からなかった。
このまま、頭まで雪に埋まってしまって死ぬのかな。そう考えてしまう脳内に浮かぶのは、家族と、友人と、そしてオレンジ色のボールだ。最後だと分かっていたなら、あのときもっともっとバスケをしておくべきだった。最後にボールを触ったのはいつだっけ。こんなにも追いつめられてしまったのは何でだろう。
死というものが間近に迫ってきた今、仕事のことで悩んでいたのがバカみたいに思えてくる。嫌なら辞めればいいのだ。貯金は同年代に比べたら十分すぎるくらいにあるし、のんびり旅行でもして、それから今後どうするかを決めればいい。こんな雪ばっかりの場所じゃなくって、どこか温泉地にでも行けば良かった。ぼんやりとそう考えている黄瀬の視界に、薄い影がちらついた。幻覚まで見えてきたのだろうか。黄瀬の目の前には、いつの間にか雪のように色の白い男が立っている

「生きたいですか」

耳にしんと沁み込むような声で問われて、黄瀬は反射的に頷いた。生きたいに決まっている。また、皆と一緒にバスケをしたい。黄瀬の反応を見て、男は微笑みながら手を差し伸べた。

「僕の心臓をあげます」

一段と強くなった風で男の声はほとんど聞こえなかったが、その表情から助けてくれるのだなというのが分かった。近くに住んでいる人なのだろうか。この雪の中、男は景色に紛れてしまいそうな白い着物を身に纏っている。あまり暖かくはなさそうな格好だ。
男が黄瀬の頬に触れる。熱いような冷たいような、男の体温が黄瀬に触れても感覚が麻痺してよく分からない。どろりとした重たい眠気が襲ってくる。瞼を閉じる少し前に、男が何かを呟いた気がした。



***



それはお天道様のようだった。毎日毎日白い雪を見ているのにはもう飽きてしまって、何百年と定められた寿命が尽きる日が早く来ないものかとそんなことを考えながら過ごしていた。そんなある日、真っ白な世界に目を灼いてしまいそうに輝いたものを一つ見つけた。
黒子が今まで見たこともないような綺麗な人間だった。あぁ、こんなところに人間が来たのは何年ぶりだろう。そんな感想を抱く前に、すでに心はその人間に奪われてしまっていた。溜息が出そうに長い寿命の中でも決して触れることの叶わないお天道様に、その人間は似ていたのだ。手を伸ばしたいと思った。触れてみたらどうなるだろうか。
お天道様のように輝いた美しい人間。それは今にも命の灯火を消してしまいそうに弱っていたから、黒子だけのものにする機会は今しかないだろう、と考えて助けることにした。何百年と脈動を続ける己の心臓を、脆弱な人間へと差し出すことにしたのだ。こうすれば黒子の妖としての位は少しだけ下がってしまうけれど、この美しい人間が死ぬまで一緒にいることができる。黒子の心臓を与えられた人間が死ぬのは、これから何百年も先のことだ。ただの人間のようにすぐに死んでしまうことはない。
雪の中で眠りこけてしまったというのに、金髪の人間の頬は薄く色づき、唇は薄い桃色で健康そのものだった。それを上機嫌に眺めながら、黒子は微笑む。あぁ、とても美しいものを手にしてしまったな。次に彼が目を覚ますときが楽しみだ。心臓の代わりに何をもらおうか。等価交換なんて概念は妖の世界には存在しない。この綺麗な男の、これからの時間と、その他に何をもらおうか。今からじっくりと、ゆっくりと、考えていけばいい。
雪の中に横たわった人間の桃色に艶めいた唇に指を這わせながら、黒子は微笑う。その高ぶる感情に応えるように、雪が強く舞い始め、白い世界は閉ざされた。



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人外×人間っていうの好きです。

2013.04.20.

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