※エア新刊ネタ。赤司と黄瀬が異母兄弟。
ひずむきょうかい。

(本文サンプル)



テスト用紙に氏名を書くよりもファンの子たちにサインをするときよりも時間をかけて丁寧に名前を書いた入部届が、手の中でくしゃりと軽い音をたてた。美しく並んだ黄瀬涼太という四文字が歪んで、白い紙には大きな皺が現れる。入部届など書かなければよかったと黄瀬は後悔していた。青峰のプレイなど見なければよかった、あの日ボールにぶつからなければよかった。いくら悔やんでも過去には戻れないし、今おかれている状況も変わらない。
赤い双眸が、黄瀬を見つめている。窓から吹き込む柔らかな風に紅の髪を弄ばせながら、端正な顔の少年は口を開いた。穏やかな声で紡がれた言葉は、耳に入ってこない。
気持ちを整理するために、黄瀬はゆっくりと瞬いた。正面にいる緋色の少年が黄瀬を知っている風ではなかったことに、少しだけ安心する。ぼんやりと、黄瀬の脳裏に母の姿が浮かんだ。目の前の少年と同じ紅の髪、紅の瞳を持つ男の写真に口付けて、息子から見ても美しい母が微笑んでいる。彼はあまりにも、写真の中の男と似ていた。他人の空似という可能性は、赤司、と少年が名乗ったことで消えて無くなってしまう。それはもう覆ることのない決定事項だった。
黄瀬、と呼ぶ音がようやく耳に入り込む。あまりに平坦な声。でも、耳に残る柔らかな声。赤司征十郎は、母親の異なる黄瀬の弟だった。

***

生まれたときから『父』のいなかった黄瀬にとって、たまに母を訪ねて来るその男は父親に等しい存在だった。赤い色の髪と同じ色の目を見るのが好きで、大きな手に頭を撫でられるとひどく安心して胸の奥がほわほわと温かくなる。それは恋にも似た感情に思えた。
黄瀬が十一歳になる少し前、男は今までと同じように黄瀬の頭を撫でながら、もう会いに来ることは出来ないと告げた。どうして、と尋ねることは出来なかった。聞き分けのない子供だと思われて嫌われたくなかったからだ。男は、黄瀬にカラフルなパンフレットを手渡しながらこう言った。だけれど、僕は君と会えなくなることが辛いんだ。君がモデルとして活躍してくれれば、僕は君の姿を見ることができる。君が成長していく様を、色々なところで目にすることができる。僕の為だと思って、モデルをやってみないか。君ならきっと、すぐに人気が出るよ。黄瀬に否定する術などなかった。目の前の人が、父のように優しい大人の男が、自分の姿を見て喜んでくれるのなら。そう思って頷いた。
その男が実の父親だったと気付いたのは、母が写真に口付けているのをたまたま見てしまったからだ。母は愛おしげに、写真の中で微笑む緋色の髪をした男に唇を寄せた。甘く蕩けそうな声で男の名を呼び、ゆっくりと睫毛を伏せるその様は、まるで恋をしている少女のようだった。



(中略)



試合中は赤司のことを気にせずに済む。反対に、試合中でなければ赤司のことを意識してしまう。黄瀬は出来るだけ、赤司と関わらないようにした。ミーティングのときも皆と昼食を摂るときも、赤司から最も遠い位置を陣取る。赤司の指示には短く返事をするだけで、分からないことがあれば副主将である緑間やマネージャーの桃井に尋ねた。その避け方はあからさまだったかもしれない。他人にも気付かれないよう自然に赤司を避けるというのは、器用な黄瀬にとっても難しかった。避けられていることに気付いて、赤司の方も黄瀬に近付かないよう気を使ってくれればいいのに。そう願っている黄瀬のことなどもちろん赤司が知るはずもなく、ぎこちない接触は一日に何回か訪れるのだった。

「お前、赤司のこと嫌いだろ」
青峰にそう言われたのは、恒例となった1on1の休憩中だった。二人の様子を見守っていた黒子も近付いて来て、黄瀬の隣に座り込む。
「嫌いっていうのとは、また違うんスけど」
「苦手ってことですか?」
「……うーん」
「はっきりしろよ」
嫌いとか、苦手とか、そういうことではないのだ。由緒正しい赤司家の嫡男である赤司征十郎と、私生児である黄瀬涼太。父親は同じであるものの、育った環境と背負っているものがあまりにも違い過ぎる。赤司に黄瀬が近付くことを赤司家は良く思わないだろう。それに、黄瀬だけが赤司のことを弟だと知っている状態で、どのように接すればいいか分からなかったのだ。積極的に話しかけて母親の違う兄弟なのだとボロを出すくらいなら、出来るだけ関わらないようにしよう。大きく皺の刻まれた入部届を赤司に渡したときに、黄瀬はそう決めた。
「こっぴどく振られた初恋の相手に似てるんスよ」
「「は?」」
黄瀬の突拍子もない発言に、青峰と黒子の声が綺麗に重なる。
「だから、赤司っち見ると叶わなかった初恋思い出してセンチメンタルな気分になっちゃうみたいで、無意識に避けちゃうんスよね」
にっこりと、カメラを向けられたときのように完璧に笑ってみせる黄瀬を見て、青峰と黒子は顔を見合わせた。黄瀬の話が真実でないのは明らかだったけれど、作りもののように整った笑みがこれ以上の詮索を拒んでいる。



(中略)



見たことも無いような大豪邸に驚いている暇もなかった。痛いくらいに掴まれた腕を引かれるままに辿り着いたのは赤司の部屋らしく、広い部屋の隅におかれた大きなベッドに放り出される。高級なベッドのスプリングは黄瀬の体重くらいでは大して軋むこともなく、柔らかな匂いのするシーツでその体を受け止めた。
「赤司っち……」
力の入らない体で恐る恐る見上げた先に、赤司がいる。立ち上がりたいのに、仄かに赤司の香りがするようなベッドから遠ざかりたいのに、まるで手にも足にも重たい水が纏わりついているみたいに指の先だけがゆっくりと動いただけだった。黄瀬の視界に大きく入り込んで、赤司が微笑う。ぎしりと二人分の体重をのせたベッドが音をたてた。
赤司は薄い唇を開いて、ゆるやかに目を細める。その唇は動きの緩慢な黄瀬の形の良い耳に近付き、息を吹き込むようにして言葉を流し込んだ。
「兄さん」
「……っ!」
黄瀬が息を呑む音がやけに大きく響く。どうして、と黄金色の瞳が揺らいだ。いやいやと首を振るのにも力が入らず、髪の毛がシーツと擦れる音が少しだけ聞こえるだけだ。
兄さん、ともう一つ呟いて、赤司は黄瀬に口付ける。ぎゅっと強く目を瞑る様子に喉の奥で笑ってから、柔らかい唇を食み、舌を差し入れた。つるりとした歯列を辿り、上顎を擽り、頬の内側を撫で、それから黄瀬の舌を絡め取る。熱い咥内を弄りながら、右手だけで器用にシャツのボタンを外していく。
「ッ、ふ、ぁ」
耳の裏から喉仏にかけて左手を滑らせれば、黄瀬がくぐもった声を上げた。赤司が口を解放してやると、飲み込みきれなかった唾液を唇の端から垂らしてぼんやりとした視線を向ける。琥珀色の双眸を覆う睫毛まで、しっとりと涙に濡れていた。
「あ、かし、っち」
「弟を名字で呼ぶのはおかしいだろう」
弟、という単語に肩を揺らした黄瀬の、すべすべとした脇腹に手のひらを這わす。色濃く困惑を浮かべた金色の瞳に、穏やかに微笑む赤司の姿が映り込んでいた。

***

赤司が黄瀬を初めて見たのは、父の書斎におかれていた雑誌の中だった。明らかに若い女性向けであるその雑誌を、父が所有しているのはおかしかった。母のために購入したのかとも考えたが、赤司の母の年齢は雑誌の購入層にそぐわないし、彼女はそういうものに全く興味を示さなかったので、ますます不思議に思えた。幾度も見たのだろう、癖のついていた雑誌はとあるページで開き、そこには光色の髪を持つ少年が載っていた。頭のてっぺんから足の爪先まで、全てがバランス良く、一等級の芸術品のようだった。柔らかそうな金髪、蕩けそうな蜂蜜色の瞳。長い睫毛に、甘く色づいた頬。子供の赤司の目から見ても、ハッと息を呑むほどに美しい子だった。注意深く書斎を探してみると、天井まである本棚や鍵付きの引き出しの中、整理整頓された父の部屋の至る所に、その少年の載った雑誌がいくつも収められていた。
黄瀬涼太のことを好きなのかと訊かずにはいられなかった。息子と同じ年の少年を父が好いているとはどういうことだと思ったからだ。父は、同性愛者もしくは小児性愛者なのか。積極的に聞きたいことではなかったが、変に誤解をするよりも真実を知るべきだと考えた。赤司の問いかけに、父は目尻を下げて笑って答えた。可愛いだろう、と。そして恋焦がれるような瞳で、赤司が差し出した雑誌に載っている黄瀬を見つめていた。
それがあまりにも気にかかって、というよりは気に障って、赤司は黄瀬のことを調べたのだ。父にも母にも内緒で調べ上げた結果は、驚くべきものだった。黄瀬は、赤司の腹違いの兄だという。赤司家に婿入りする前の父が愛していた女性の子供。それならば、父が黄瀬を見るあの表情にも、少しは納得がいった。親が子供に向けるにしては熱の籠り過ぎた視線だと思ったが、離れて暮らしているのならば愛しさが募ってそうなるのかもしれないと自分を納得させた。
父が母と婚約してから結婚するまでの期間に外の女性に手を出したことを、赤司家は咎めなかったようだ。慰謝料も養育費も黄瀬の母が請求することはなかった、と調査結果には記されていた。

黄瀬がバスケ部に入部すると聞いたときは、肌が粟立つほどに嬉しかった。赤司は、父親とは全く関係ないところで黄瀬と接してみたかった。父と母の間には赤司しか子がおらず、兄弟というものに少しだけ憧れのようなものを抱いていたのだ。黄瀬と同じ学校であると知った時、卒業までに一度は話しかけようと思っていた。それが、赤司が行動を起こす前に叶ってしまうとは。黄瀬がまさか、バスケ部に入ろうとしているなんて。
黄瀬は、赤司のことを弟だと勘付いていたらしい。部室のドアを開けて、赤司の存在を見とめたときの黄瀬の様子はひどいものだった。手に持っていた入部届は握り締められて皺が寄っているし、大きく見開かれた琥珀色の瞳は動揺を隠せていなかった。赤司と関わるつもりなんてなかった。今にもそう言い出しそうな、ひどい表情をしていた。

***

黄瀬があまりにもかたくなに赤司を避けるので、強硬手段に出たことは後から反省すればいい。黄瀬が要求するのなら、どんな謝罪もする覚悟はある。ドリンクに溶かした薬は媚薬効果のあるもので、副作用で体が少しばかり動きにくくなると説明書には記されていた。黄瀬の様子を見るに副作用の方が強いのではないかと思えるが、それは大した問題ではない。むしろ、赤司よりも体格の大きな黄瀬を押し倒すのには都合が良かった。
浅く呼吸を吐き出す唇を動かして、黄瀬が涙の滲んだ目で赤司を見る。兄弟だと思いたくないのかもしれないが、今日ばかりはそれを許すつもりはなかった。赤司の名前を呼んで、受け入れてもらわなければ困る。黄瀬が見ているのは赤司征十郎だ。赤司の父であり黄瀬の父でもある男とは違うのだと、黄瀬自身に強く身を持って認識させる必要がある。せっかく兄に会えたと喜んでいたのに、その兄が恋情の混じったような視線で自分を見てくる。それはいつしか父が黄瀬を見ていたのと同じようで、気に障るものだった。
実の父親と混同される赤司の身にもなってほしい。蜂蜜色の溶けそうな双眸で赤司を見ているのに、それはただ容姿の似ている父と重ねているだけなのだ。反応に困る、熱の籠った視線で見られるのは、もうこりごりだった。
「あか、ッひ、ぅ」
常と変わらぬ呼び名を口にしようとした黄瀬の臍を親指の先で弄りながら、赤司は口角を上げる。そうじゃないだろう、と子供に言い聞かせるような口調はとても優しいのに、紅い双眸は冷たく黄瀬を見下ろしていた。
「せい、じゅ、ろ……っ」
「もう一度」
「せ、征十郎っ」
もうやだ、と黄瀬が涙を流す。赤司はそのしょっぱい雫を舐め取って、黄瀬のスラックスに手をかけた。



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ネタ帳に、本妻の子赤司くんと妾の子黄瀬くんとあり、それから派生した妄想。

2013.03.16.

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