とくべつ



及川さん、及川さん、と名を呼んでとことこ後ろを付いてくる様は、まるで親を追いかける子供のようであった。
頼られるのは嬉しいし、憧れをきらきらと含ませた目で見つめられると何でも教えたくなってしまう。勉強でも、遊びでも、お前が知りたいことなら何でも教えてあげるよ。バレー以外ならどんな望みにも応えるつもりでいたというのに、この後輩は勉強でも遊びでもなくバレーを教えて欲しいのだという。つまらない。可愛くない。及川の目には、影山の持っている才能が、眩くて目も開けられないくらいの輝きをもって見えている。
今はまだ体の成長も発展途上で、二つ年が違う分だけ及川の方が上手いけれど、それはきっとすぐに追い越されてしまう。いつか成長は止まる。及川が上がってきた階段を、もうここまでしか上れないと膝を付く及川の隣を、軽々と駆け足で追い越して行く影山の姿を想像することは容易い。誰が教えてやるものか。そう易々と、飛び越えて行かせるつもりはない。



及川さん。また呼ばれる。一歩、二歩と進んでゆっくりと振り返った。黒曜石のような双眸が、じいっと及川を見つめている。
バレーは教えてあげないよ、と両手では数えきれないほど言っているというのに、この子供はなかなかにしぶとかった。暇さえあれば及川の後ろを付いてまわって、名前を呼ぶ。声変わりし始めのような掠れた音で名を呼ばれるのは嫌いじゃなかった。むしろ好きだ。だから、及川にしては珍しく、何でも教えてあげるよ、と言ったのだ。サービス精神旺盛だな、と近くにいた岩泉の呟きが微かに耳に入り込んだ。影山の顔に喜色が浮かぶ。じゃあ、サーブトスを、と掠れたアルトが音を形成する前に、及川は言う。バレー以外ならね。まだ幼い顔に不服の色が滲んだ。
影山の眉間に皺が刻まれるのを眺めながら、及川は微笑む。焦げ茶の眸をゆるりと細めて、薄い唇がゆっくりと動いた。バレーはね、お前にだけは教えないよ。



2013.03.14.
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