ろくでなしの純愛



可愛さ余って憎さ百倍という言葉に近いだろうか。及川は、天才であるということを除けば影山のことが好きだった。その生意気さの裏には素直な性格も垣間見えて、及川がサーブを教えてあげよっか、なんて言うと、その黒い瞳には隠しきれなかった喜色が滲んだ。及川は、この生意気で素直な可愛い後輩をからかって遊ぶのが好きだった。喜びを含んだ目が落胆に沈んで、あまり色を露わにしない頬が赤く染まるのを見るのが好きだったのだ。
それがどうしてこんなことになっているのだろう、と及川は首を傾げる。背中にひんやりとした壁の感触がした。正面には影山の真剣味を帯びた顔があり、その両手は及川の顔の横に伸ばされていて、壁と影山によって囲まれてしまっている状況だ。はてさて、どうしてこんなことになったのだったか。秋も深まりつつある今日この頃、夕日は駆け足で山の向こう側へと沈んでいく。



烏野が練習試合をしにやってくるという噂を聞きつけて、引退した身ではあるけれど久々に後輩たちの成長具合を見たいと思った。それと同じくらい、影山を見るのも楽しみにしていた。天才様の成長速度というのは、目を見張るものがある。それだけ、相手のプレーを目で見て学習し、自分のものにするという能力が際立っているのだ。それを見てやろうと思った。そして結局気に食わずに、影山をからかうことになるのもいつものことだ。

「トビオちゃん」

試合後に帰ろうと校門に向かっていた影山を呼び止める。すると影山は眉間に深い皺を刻みながらも、チームメイトに一言告げると及川の元へとやってきた。同じ中学校だっただけに家もそれほど遠くはなく、青城からでも影山の家なら十分に帰ることができる。
茜色に染まる空を見ながら人気のなさそうなところに移動して、及川はわざとらしく甘さを含んだ声で影山に近づいたのだ。

「飛雄」

そう呼んで頬に触れると、影山は分かりやすく肩を揺らす。黒曜石の瞳に及川の満足気に微笑む顔が映り込んだ。親指の腹で影山のかさついた薄い唇を撫で、それに口づけようと顔を寄せる。学校の敷地内で同性の後輩にキスをするという背徳感が背筋を震わせるのをどこか心地良く思いながら目を閉じた及川の唇は、節ばった影山の指に止められてしまった。

「やめてください」

声は頼りなく細いというのに、真っ黒な双眸はしっかりと及川を捕らえている。影山の頬に添えていた手は優しく払われた。内心戸惑う及川に一歩近づいて、影山はそのまま腕を伸ばして及川が逃げることのないように壁と己の体で作った空間に閉じ込めた。

「そうやってからかうのはやめてください」

影山の、黒い瞳に夕日が差し込んで朱に染まる。目だけでなく、髪も顔も体も全てが赤い。及川も今、全身が夕焼け色に染まっているに違いない。
影山の壁から離れた右手が、及川の顔の輪郭を確かめるように撫でた。それはこめかみから顎を伝って、さっき及川が影山にしたように親指を伸ばして形の良い唇を辿る。体温の高い影山の指が熱を持って、どこに触れているかを鮮明に教えてくる。

「俺は、及川さんのおもちゃじゃありません。従順な後輩でもないです。だから、期待させるのはやめてください」

期待していたのか、と及川は少々驚いた。先輩命令だからと体育会系の縦社会に従って、及川の無茶な要求に応えているのだと思っていたのだ。そういうところも可愛くて可愛くない、と思っていたのに。体に触れるときも、キスをするときも、ずっとずっと期待していたのか。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す及川を真正面から見つめて、影山は言う。あぁ、身長伸びてる、もしかして追い越されちゃったかな。そう考える及川の耳に、影山の低く掠れた声が流れ込んでくる。

「それとも、期待していていいんですか」

皮膚の硬くなった親指が、再び及川の唇をなぞった。ゆっくりとした動きに促されるように、及川は小さく口を開く。指を咥内に招き入れる。黒曜石の眸に、夕日とは異なる色がじわりと滲んだ。

「いいよ」

短くそう答えて、及川は微笑う。なんだかんだ言って、影山のことが好きなのだ。



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タイトルお借りしました:LUCY28


2013.03.14.
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