※第204Qネタバレ含。

Bittersweet drop



黄瀬のエナメルバッグに付けられた可愛らしいぬいぐるみに、早川が気付いたことがきっかけだった。
部活が終わってからはそれなりの時間が経っていて、部室に残っているのはレギュラーの中でもスタメンと、早川の自主練につきあっていた中村ぐらいだ。ついでにいうと、監督から話があるといって笠松は出ていき、小堀は家から電話だと言って部室の外にいるので、そこそこ広い部室の中にいるのは正確には四人だけであった。
早川が指差した先のぬいぐるみを見て、黄瀬は僅かに表情を強ばらせた。あぁ、それは、と言う声は随分と控えめで、喉でも痛めているのかと思うくらいだ。

「姉ちゃんに付けられたんスよ。勝手に付けたくせに、外そうとすると怒られるんで」

お前姉ちゃんい(る)んだな、と早川の言葉に被さって、黙々と着替えていた森山から声が飛ぶ。

「お姉さんがいるのか、初耳だぞ!」

女の子に目がない、という言い方も少々間違っている気がするが、とにかく『残念なイケメン』とチームメイト及びクラスメイトから与えられた別名を持つ森山のことだ。ハードな練習を終えたばかりだというのに、輝かんばかりの表情で黄瀬の肩に手を回した。その後に続くのは、早川でさえも予想のできる一言である。

「紹介しろよ」

全くこの人は、と中村が溜息を吐く前に、人数の少なさも相俟って静かだった部室に黄瀬の声が響いた。

「いや、です」

上擦った声に、誰もが一瞬動きを止める。黄瀬の柳眉は顰められて、琥珀色の瞳は床へと向けられていた。あまり見たことのない表情だ。
あ、と中村は気づく。早川はもちろんのことだが、普段は聡い森山も黄瀬の異変に気づいていない。それは、黄瀬が身の内に秘めた感情を隠すのが巧いということであり、森山が己に向けられる好意には鈍感だということも示していた。
黄瀬はお姉さんっ子なんだな、その気持ちも分かる。だが、俺が義兄になってもお姉さんを独り占めしようだなんて思わないさ。スラスラと、いつものごとく森山の口から流れ出す言葉に、黄瀬の表情はだんだんと険しくなっていく。笠松か小堀か、とにかく早く戻ってきてくれ、と中村は願うけれど、部室のドアが開く気配はない。
傷ついたようなそこそこひどい顔をしている可愛い後輩のために、どうにか話題を変えようと中村が口を開きかけたとき、黄瀬の上擦ったままの声が再び部室内に響いた。

「森山先輩が義兄になるなんて、絶対いやっス」

「……どうしてだ?」

明確な拒否に、森山もようやく黄瀬の様子がおかしいことに気づいたらしい。涼しげな目元に訝しげな色を宿して、森山は黄瀬に尋ねる。
深く息を吸いこんだ黄瀬の、形の良い唇が動き出す。まるで自分の意志ではなく勝手に動いているのだとでもいうように、黄瀬の琥珀色の瞳は大きく開いて、頬には朱が滲んだ。

「俺が、森山先輩の恋人になりたいから……」

可哀想なくらい震えて俯く黄瀬に、中村は同情する。吐き出された黄瀬の想いは、ようやく森山にも届いたらしい。声には出さないが驚いた表情をする森山は、未だに状況の読めていない早川と、呆れた色を浮かべている中村を見て、黄瀬に視線を戻した。
森山先輩が紹介してくれって言うの分かってたから、姉ちゃんいるの隠してたのに。小さく呟く声が聞こえる。いつもより静かだった部室内に、完全な沈黙が落ちる。恥ずかしさと情けなさに瞳の潤んだ黄瀬の頭に、森山がゆっくりと手を伸ばした。お日様色の髪の毛を撫でる森山を見て、中村は荷物を持ち早川を促して部室を後にする。
森山の薄墨を流し込んだ双眸には、嫌悪ではなく慈しむ色が浮かんでいた。金色の頭を撫でる手はとても優しくて、黄瀬の告白を無碍にするようなことはないだろうと思ったのだ。
パタリ、とドアが閉まる。黄瀬の淡い想いが閉じ込められた空間に、森山は浸っている。
そうして森山の口から紡ぎ出された言葉は、中村の予想通りに黄瀬を傷つけることはなく、今にも蕩けんばかりの蜜色の瞳から仄かな幸せの涙を一粒落とさせた。



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黄瀬くんに姉がいると知ったら森山先輩は絶対に紹介しろと言うに違いないという突発話。


2013.03.14.
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