ディストラクション


体育館を二つに分けた手前の半面コートで試合をしている黄瀬の姿は、ステージに座っている森山からよく見えた。ホイッスルが響き、試合が中断する。黄瀬の、男にしては白い首筋を汗が伝い、大きく息を吐いた喉仏が上下する様まで鮮明に見えた。
じいっと食い入るように黄瀬を見つめている森山に声をかけたのは笠松である。ほんとは関わりたくねぇけど、とでも言いたげに凛々しい眉は顰められていた。

「黄瀬のこと見過ぎだろ」

ひとまず受験は終わって、あとは卒業を待つだけとなった三年生にとっては、久々の部活だ。引退している身であるから、軽く体を動かして後輩たちの成長具合を見る、という名目で訪れたというのに、最初っから森山の目は黄瀬しか追っていなかった。二人が恋仲にあるということを知っていて、笠松が嫌々ながら声をかけたのは、森山の視線があまりにも露骨だったからである。

「いいか、笠松」

と応える森山の声は通常では考えられないほどの真剣味を帯びていて、これ以上黄瀬のこと見てんならシバくぞ、と言おうとした笠松は思わず姿勢を正した。

「俺は、あれほど美しいものを見たことが無い」

「……はぁ?」

「日に焼けていない白い首筋、うっすらとその下の血管が透ける薄い皮膚、形の良い喉仏。これほど完成されたものを持つ黄瀬は素晴らしいと思わないか」

何言ってんだこいつ、と笠松に異国人、いや異星人を見るような目で見られていることにも気付かずに、森山は滔々と語り続ける。

「あの首に口付け、歯型を残し、首輪をはめて俺のものだと主張したいと常々考えてはいるが、どうにも難しい。黄瀬がただのバスケ少年であったならば、こうも悩まなかっただろう。人に見られる仕事というのは厄介だな、笠松」

森山の薄墨を流し込んだような二つの目は絶えず黄瀬を追い、その口は流れるように言葉を紡いでいたことから独り言だろうと考えていた笠松は、最後に己の名前を呼ばれたことに肩を揺らした。さっきまで黄瀬だけを見ていた森山が、ちらりと笠松に視線を移す。

「よく分かんねぇけど、森山は黄瀬の首が好きだから付き合ってんのか?」

「それは違う。黄瀬の頸部だからこそ、魅力も倍増すると言いたいんだ」

「……はぁ」

残念ながら、笠松には森山の言いたいことの半分も伝わってこない。森山の真剣さとマニアックさが相俟って、ずっと一緒に部活をしてきた友人がまるで知らない人のように思えた。近くに、この状況を打破してくれる人がいないことが悔やまれる。

「だからな、笠松」

「……なんだよ」

奥のコートで早川と中村を構っている小堀を見つけ、早く戻って来いと願っていた笠松に、森山が再び声をかけた。

「黄瀬がお前の真似をしてレッグスリーブを付けていたとしても、あの美しい首を見ることで無心になれるんだ」

ぽかんとした笠松は、手前のコートでシュートを決めた黄瀬に視線を移し、その足が黒いレッグスリーブに包まれているのを確かめ、森山を見る。どうせなら俺の真似をしてほしかった、と呟いている頭に手刀を落とし、そうして笠松は腹の底から思いっきり叫んだ。

「嫉妬かよ!」

森山がじいっと黄瀬を見つめ続けていたのはその足に付けられている見慣れないレッグスリーブが気に入らなかったからで、それから気を逸らすためにお気に入りの頸部を見ていたのである。
紛らわしい言い方すんな、と怒鳴る笠松に向かって、森山は一つ弁明をした。

「黄瀬の首にキスマーク付けられなくてもどかしいのは、本当だから」

笠松の大声に驚いた黄瀬が、先輩たちどうしたんスかー?と駆け寄って来る。笠松はそれを見ながら、二つ目の手刀を森山の頭の上に落としたのだった。



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うちの森山先輩は黄瀬くんの首が好きです、という主張。そして巻き込まれる笠松先輩。


2013.02.27.
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