※帝光。緑間視点。

Innocent Puppy


練習前のペアストレッチ中のことだった。
今まで俺の足に体重をかけていた黄瀬の顔が、突然目の前に現れたのだから驚くのも無理はない。体育館のどこからか、紫原とペアを組んで柔軟している青峰の悲鳴が聞こえてくる。

「緑間っちって、綺麗な顔してるっスよねぇ」

トパーズのような瞳にきらきらと照明の光を取りこみながら、黄瀬はそう口にした。
いつの間にやら馬乗りになった目の前のまねっ子は、俺の顔の両脇に手をついてますます顔を近付けてくる。
他人との距離のとり方は厳しすぎるくらいにはっきりと線引きしているのに対して、身内と認めるとその距離感などあってないようなものだ。男相手に異常なほど顔を近付けていることなど、このバカは気付いてもいないだろう。

「ほんっと、睫毛も長いっス」

それはお前もだろう、と内心で呟いている間に、かけていた眼鏡が取り外される。間近にあった黄瀬の顔が、一瞬でぼやけてしまった。

「黄瀬、眼鏡を返すのだよ」

「いいじゃないっスか、ね。お肌もスベスベだし、何か手入れしてるんスか?」

俺の言うことなど聞きもせず、黄瀬は右手で俺の顔に触れる。
額、瞼、鼻、耳、頬、唇へと順を追って触れていく手が離れたのは、第三者の介入があったからだった。
痛ッ、という小さな悲鳴の後に、赤司の声が頭上から降って来る。

「お前たちは何をしているんだ。もう練習始めるぞ」

「キャプテン、痛いっスよお」

「お前が緑間にじゃれついているからだろう。黄瀬はグラウンド十周してこい」

赤司にそう告げられた黄瀬が立ち上がったおかげで、腹の上の圧迫感が消える。手をついて起き上がると、目の前に眼鏡が差し出された。

「礼を言うのだよ」

「練習さえなければ止めなかったさ」

赤司はそう言うと、黄瀬を叩いたのであろうバインダーを手にして笑う。

「緑間があの距離を許しているのが意外だね」

隣に立つ俺を見上げる紅の双眸は、楽しげに細められていた。

「……あれは、子犬がじゃれているのと変わりないだろう」

「ははっ、子犬か。一理あるな」

緑間、とコートの中から俺を呼ぶ声が、体育館に響く。
それに応じて歩き出した俺の後ろで、愛玩動物でも慈しむようなそんな優しげな声で赤司は呟いた。

「二人とも、とても可愛かったよ」







2012.08.23.

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