※ラベンダーより前の時期。
中村先輩とオリキャラ2人目出ます。

きりーつ、れい、と委員長の間延びした声が終わるか終わらないかのうちに真っ先に教室を飛び出して行ったクラスメイトが、一旦出たドアから教室内に顔を覗かせて黄瀬を呼ぶ。その顔には悪戯っ子のような、またはひやかすようなにやにやとした笑みが浮かんでいて、あぁ、今日もか、と黄瀬は柳眉を僅かに顰めた。
荷物を持って教室を出ると、そこには長身を持て余すように壁に凭れかかった桐生がいて、何も言わずに黄瀬の隣に並んで歩き出す。



――いつからだろうか。桐生が黄瀬のホームルームが終わるのを待つようになり、一緒に部室へと行くようになったのは。部活動者のことを考えて黄瀬のクラスはホームルームが早めに切り上げられているのにも関わらず、桐生はいつも廊下で黄瀬を待っているのだ。確かに、二年生の教室は一年生の教室から部室への通り道でもある。それに、部活の始まる時刻には随分と余裕があるため、早く部活をしろと咎めることもできない。
未だに接し方に迷う後輩の隣を歩きつつ、黄瀬は気付かれないよう小さな溜息を吐いた。



王子様のお出迎え




「あれ、桐生は一緒じゃないのか」

ガラリ、と三年生が使っている教室のドアを開けた黄瀬に気付いて、中村が僅かに驚きを含んだ声を上げた。ふがふがと菓子パンを口に頬張っている早川も同意を示すように頷いている。体育館の点検で放課後練習が休みとなってしまった今日は、のんびり宿題でもしているだろう先輩たちに勉強を教えてもらうために深見と連れ立ってやって来たのだ。
そこで、中村の第一声。まるで、黄瀬の隣に桐生がいることが自然であるかのような言い方だ。そんなに一緒にいると認識されてしまっているだろうか、と黄瀬は呻くような声を出す。顔を顰めた黄瀬は教室内を横断し、窓際を陣取って教科書を広げていた中村たちの隣の席に腰かけて机に突っ伏した。教室のドアを閉めて後をついてきた深見が、早川の隣、黄瀬の前の席に座りながら笑う。

「桐生は家の用事があるらしくて帰りました。だから、今日の黄瀬のお供は俺です」

「ほぅか!」

「早川、口に入れたまま喋るなよ。それで、黄瀬はどうしたんだ?」

一言唸っただけで机に突っ伏してしまったエースのことを尋ねる中村に、深見は面白がるように笑みを深くして、けれど優しい手つきで黄瀬の頭を撫でた。それに促されるように黄瀬は顔を上げて、それから小さく吐き出された声に中村と早川は顔を見合わせる。桐生が黄瀬を教室まで迎えに行っていたとは知らなかった、筋金入りの黄瀬涼太ファンであることには薄々気付いていたが。そう思った先輩たちのことなど分かるはずもなく、どう接すればいいかよく分かんないんスよぉ、と泣きごとを言う黄瀬に、よしよしと宥めるように早川がお菓子を分け与える。

「今や、“王子様のお出迎え”って呼ばれるようになってて、二年生の間ではちょっとした名物ですよ」

「え、何それ。俺知らない」

「黄瀬は別に知らなくてもいいじゃん」

深見と言葉を交わす黄瀬を見ながら、中村は行儀悪く机に頬杖をついた。そして、少しずれたことを口にする。

「黄瀬の方が王子様っぽい見た目なのにな」

「あぁ、確かに。女の子が好きそうなおとぎ話に出て来る王子様そっくりですよね」

王子様、と中村と深見の言葉を反芻しながら、黄瀬は頭の中に女の子が憧れる王子様像を思い描く。次々に連想されるイメージを塗り重ねていった先にぼんやりと形を成したのは中学時代のチームメイトで、そうだ、王子様というのは彼らのことを言うのだ、と黄瀬は思った。かっこよくて、強くて、モノクロの世界に閉じ込められていた黄瀬に色を与えてくれた人たちなのだから。桃井は王子様ではなくお姫様。そして同じように、卒業していった笠松たちも黄瀬にとっては王子様のようなものだ。

「黄瀬?」

どこか遠くを見つめている黄瀬を、早川が呼ぶ。それに、はい、と返事をして、黄瀬は勢いよく立ち上がった。

「うわ、何、どしたの」

「忘れ物したのか?」

驚く深見と、首を傾げる中村と、菓子パンの最後の一口を飲み込んだ早川に向かって、黄瀬は言う。

「桐生くんを、ぎゃふんと言わせたいっス!」

そうだ。いつまでも桐生に翻弄されているわけにはいかない。桐生は黄瀬にとっては扱いづらい後輩であり、王子様ではないのだから。



何かを決意したかのように拳を握りしめる黄瀬を見ながら、ぎゃふん、て久々に聞いたな、と中村は小さく呟いた。



***



ざわざわと一気に騒々しくなった教室から出て来た桐生は、幾度か瞬きを繰り返して、そうして心を落ちつけるようにゆっくりと深呼吸した。壁に凭れることもせずにきっちりと背筋を伸ばして立っている黄瀬は、真っ直ぐに桐生を見てどこか勝ち気な笑みを浮かべてみせる。

「いつも迎えに来てくれるから、今日はそのお返しっス」

これは桐生をぎゃふんと言わせる作戦であり、黄瀬と同じことをされたら少しは気恥ずかしくなって遠慮するだろう、という真意が込められたものだった。当然、黄瀬考案である。それをされても喜ぶんじゃないか、と言おうとした中村を、面白いから放っときましょう、と深見が視線で押し留めたことなど、自信満々に作戦を実行している黄瀬は知らない。うちのエースはどっか抜けてるとこが可愛いんだよな、と深見が同中であった高尾に常々語っていることも、もちろん黄瀬の知るところではない。
キセリョがいる、と人を集めて騒がしさを増し始めた廊下で、黄瀬は桐生の困惑した顔を見ることが出来るに違いないと思い込んでいた。それなのに、黄瀬の目に映り込む桐生は、柔らかな笑みを浮かべている。

「じゃあ、行こっか。涼太さん」

そうして隣に並ばれてようやく、黄瀬は気付くのだ。あれ、桐生に何のダメージも与えられていないどころか、逆に喜ばせてしまっているようだ、と。



- - - - - - - - - -
桐生のキャラがぶれると同時に、黄瀬くんがアホの子になりました。
深見については、プロフィールに載せてます。



2013.02.19.
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -