※むしろ紫原くんがメイン

ロマンチックテイストはよしてよ



「氷室さんって大人っぽいっスね」

会話の途中に何気なく挟まれた言葉に、紫原は怪訝な表情をしてみせた。紫原の正面に座って苺のミルフィーユをフォークで一口大に分けている黄瀬は、大人に憧れるような性格ではない。たとえ憧れていたとしても、モデルと言う仕事をしている黄瀬の周りには、氷室なんかよりもっと年齢的にも経験的にも大人な人間が揃っているはずだ。
苦い想像が現実になりそうな予感がして眉間に皺を寄せながら、紫原はチョコレートパフェのクリームをすくって口に運ぶ。

「室ちんと会ったの?」

「紫原っちと久しぶりに遊べるから、待ち合わせ場所に早く着き過ぎちゃったんスよ。そしたら、火神っちと氷室さんにたまたま会っちゃって」

それで氷室さんとすごく話が合って、明日一緒に買い物に行くことになったんス。にこにこと嬉しそうに報告してくる黄瀬に、紫原は曖昧な相槌を打った。甘そうな蜂蜜色がとろりと溶けるのを、アップルパイを頬張りながら見つめる。
黄瀬は知らないのだ。紫原と出かける相手が黄瀬だと知った氷室が、わざわざ時間を合わせて偶然を装い黄瀬の前に現れたことに。氷室だけだと警戒されることも計算の上で火神を連れていたのだろうことも、紫原には容易く想像できた。

「デートすんの?」

「デート……? 買い物に付き合うだけっスよ」

小さく切り分けたミルフィーユを品よく口へと運ぶ黄瀬に、紫原は内心溜息を吐く。元チームメイトで元クラスメイトだった縁もある。紫原に美味しいお菓子の店を紹介してくれる黄瀬のために氷室への注意を促そうとしているのにも関わらず、砂糖を煮つめた飴玉のような色の瞳には危機感の一つも浮かんでいない。氷室は黄瀬が思っているような大人っぽく落ち着いた男ではないというのに。

「黄瀬ちん、油断してたら室ちんに食べられちゃうよ?」

もごもごと口内にケーキを含んだままの紫原の言葉を、黄瀬は何かの冗談だと受け取ったようだった。陽だまりでじゃれる子犬のように、くしゃっとした笑顔を浮かべて、黄瀬は言う。

「食べられる? 何スか、それ。氷室さんは英国紳士みたいな感じでしょ」

「……英国じゃなくて米国だけどね」

黄瀬は知らない。氷室が獲物を狙う肉食獣のような目をして黄瀬を見ていることを。氷室が狙った獲物を逃すはずがないことを。
氷室と一緒にいることが多い紫原は、幸か不幸か、氷室の心を射止めたのが黄瀬だということに気付いてしまった。他人の恋愛ごとに紫原が口を出すわけにもいかないが、その相手が何かと気にかけている友人だというなら話は別である。黄瀬は一度懐いてしまった人間には、とことん無防備だ。今回も、氷室一人であれば表面的な挨拶だけで終わったはずなのに、火神がいたことから状況は変わってしまった。黄瀬は氷室に付け入る隙を与えてしまったのだ。
どこに買いものに行くかを悩んでいる平和ボケした黄瀬に向かって、ごしゅーしょーさま、と紫原は小さく呟いた。





宿泊しているホテルの部屋のドアががちゃりと開く。丁寧なノックも聞こえたから、氷室が出先から帰って来たのだろう。そもそも紫原が東京にいるのは練習試合と他校の視察も兼ねた部活の強化合宿のためで、昨日は半休、今日は丸一日の休みが与えられていたのだった。
同室者の帰宅に、おかえりー、と間延びした声をかける。ただいま、と柔らかな声で挨拶を返した氷室は、どこか晴れ晴れとした表情をしていた。どうだった、と訊かなくても分かる。黄瀬はきっと、氷室に美味しく頂かれたに違いない。

「黄瀬ちんはー?」

「あぁ、ちゃんと家まで送ってきたよ」

紳士然とした氷室の笑みが、紫原にとっては胡散臭く思えた。出かける前には無かった、その左手薬指に光る指輪は何なのだ、と言ってしまいそうになる口へとスナック菓子を詰め込むことで抑える紫原の視界に、部屋着へと着替え始める氷室の背中がたまたま入り込んでくる。何だかんだと見慣れてしまった綺麗に筋肉のついた背中に、まるで爪でひっかいたかのような赤い線が走っていた。
紫原は、深く息を吐き出す。甘い蜂蜜みたいで気に入っていた友人を、部活の先輩が綺麗にぱっくりと食べてしまった。
あ〜あ、と紫原が吐き出した声は、氷室がつけたテレビの音声に掻き消されていく。

(黄瀬ちんは室ちんのものになっちゃったんだね)



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黄瀬ちんにはロマンチックに見えたそれも、全ては室ちんの計算通りなんだよ、ってことを書きたかった。紫原くんがメインになりましたが氷黄のつもりです。
タイトルお借りしました:LUCY28


2013.02.05.
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