※モブがちょっと出ます。

フランボワーズとショコラの陰謀



学生の財布に優しい全国チェーンのカフェのテーブル席に座った高尾は、ついさっき運ばれてきたばかりのケーキを一口分フォークで切り分ける。チョコレートケーキの上には真っ赤なフランボワーズとそのソースが添えられており、くどいようなショコラの甘さを果実の酸味が和らげてくれるだろうことが、口に入れる前から予想できた。
高尾が座っているのは大きな通りを見渡せるテーブル席であり、高尾の正面には二十歳くらいの女性が座っている。濃い目の化粧に胸の谷間を見せつけるような服を着ている女性は、いくつも空席があるにも関わらずわざわざ高尾に相席を申し込んで来たのだった。あからさまに高尾狙いである女性のアクティブさに一種の尊敬をも覚えながら、君は暇なの、と問うた女性に対し、恋人を待ってるんですよ、とにっこり高尾が先手を打ったのもついさっきのことである。



狙った獲物は逃がさない肉食獣、とでも形容すべきか。恋人がいると断言したというのに、女性は未だに正面の席を陣取ったまま高尾に話しかけてくる。甘いはずのショコラを内心苦々しく思いながら、高尾はそれを咀嚼し飲み込んだ。

「彼女のどんなとこが好きなの?」

「耳の形っすかねぇ」

「案外マニアックなのね。他には?」

きゃらきゃらと笑う女性に促されるままに、高尾は恋人の好きなところを次から次へと羅列していく。箸の持ち方が綺麗なこと、語尾が甘く聞こえるような声、ぴんと伸ばされた美しい背筋、世話焼き体質なこと。高尾にはもったいないほどの恋人だ。高嶺の花というに相応しい恋人の好きなところは上げ始めたらキリがない。
一通り好きなところを述べてケーキの最後の一口を口に含んだ高尾は、女性の背後にある大きな窓の向こうに待ち人の姿を見つけた。待ち合わせ場所でもある目立つ置物がある雑貨屋の、人の出入りの邪魔にならないところに立っているその視線は高尾の方へと向けられている。
自然と口角が上がったことを高尾は自覚した。カップに残っていたコーヒーを飲み干して、正面に座っていた女性ににっこりと微笑みかける。

「あと、ヤキモチ焼きなとこが可愛いんすよね」

うっすらと頬を染める女性に、それじゃ、と言い残して、高尾は足早に店を出た。






「ごめん、待たせた!」

走って来た高尾に向かって、黄瀬は子供のように頬を膨らませてみせる。二人はそのまま、自然と隣り合って歩き出した。

「涼ちゃん、そんなにほっぺた膨らませてるとフグになっちゃうよ」

「さっきの女の人、誰なんスか」

予想通りの黄瀬の質問に、高尾は笑う。膨らんでいる黄瀬の頬を指先で突いてみながら、あのお姉さんに惚気てたんだよ、と高尾は言った。

「……は、惚気?」

「そう! 俺の恋人は、とっても可愛くて、すぐにも食べちゃいたいくらいキュートなんですよって」

「はぁ!? うっわ、何言ってんスか! それに、可愛いとキュートって同じ意味でしょ?」

「いいじゃん、細かいこと気にしないでさぁ。大事なことだから二回言いました、ってやつだよ」

ばちん、と漫画だったら星でも飛び出しそうなウィンクをする高尾を見て、黄瀬は小声で何かを呟きながら顔を両手で覆う。これだから和くんは、というような言葉が聞こえた気がした。
金髪から覗いた形の良い耳が淡く染まっているのを見てにやにやと笑みを浮かべ、可愛いなぁ、ともう一度高尾は思う。黄瀬は高尾のことが大好きで、だからじっと見つめられ、何かアクションを起こされると初心な少女のように顔を赤くさせて照れるのだ。それを知っているから、高尾は意識して黄瀬を見るようにしている。
いつだったか。クラスの友人に、それだけ想ってくれているなら浮気しても誤魔化せそうだな、と言われたことがある。そうだな、と話は合わせてみたけれど、そもそも高尾が浮気などするはずがないのだ。結ばれるなんて少しも考えていなかった恋で、心を寄せる相手は高嶺の花としか形容できない人で。一時期、高尾が緑間よりも必死におは朝を見ていたのも、黄瀬と恋人になりたかったからだ。やっとの思いで両想いになれたというのに、わざわざ高尾の方から他人に手を出すなんてことは、西から太陽が昇るようになっても有り得ないことなのだ。

「これからどうする、どっか寄る? それか、俺の家に来る?」

今日は、黄瀬の仕事終わりの待ち合わせだった。問いかける高尾に、少しだけ首を傾げて黄瀬は微笑う。

「和くんのお家行きたいっス」

「りょーかい! ケーキ食べようぜ」

そう言って黄瀬と反対側の腕を上げる高尾の手には、小ぶりの箱が提げられている。いつの間に、と驚く黄瀬と手を繋いで人ごみをすり抜けながら、さっき店出るときに、と高尾は答えた。

「ショコラの甘さとフランボワーズの酸味のバランスが抜群でさ。涼ちゃんにも食べてもらいたくて、持ち帰り頼んじゃった」

語尾にハートマークでも付いていそうな言葉に、黄瀬は幸せそうに蜂蜜色の瞳を細める。お互いに顔を見合わせて笑うと、絡めた指と指に少しだけ力を込めて二人は雑踏に紛れた。
何があっても離さないとでもいうようにしっかりと繋がれた手を知っているのは、沈みかけの太陽と、箱の中に収められている甘い甘いケーキだけである。



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甘い感じの高黄。タイトルお借りしました:LUCY28

2013.01.20.
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