※年齢操作。

左手を飾る



恋人同士の大事なイベントごとなんて、お互いの誕生日くらいで十分だと黄瀬は思っていた。モデルなんて仕事をしていたら、クリスマスやら何やらに休みをとれることなんてないに等しい。それならば、お互いの誕生日にだけ、美味しいものを食べて、ささやかなプレゼントを贈るだけで十分だ。記念日を覚えていなかったといって怒るなんて女々しすぎるし、第一黄瀬もそんなに物覚えがいい方ではない。だから、誕生日だけ。


撮影の時間が押して、すっかり遅くなってしまった。時間が時間だけに、仲睦まじく寄り添うカップルの姿も見られない。寒さのせいもあるだろう。家を出る前に見たニュースで、今夜は今年一番の冷え込みになると言っていた気がする。帰り路を急ぎながら、黄瀬は上着のポケットに手を入れた。ことん、と小さな箱が指先に触れる。
つい四日前は恋人の誕生日だった。黄瀬はもちろん仕事に休みを入れていたけれど、恋人の方に予定が入ってしまって会えなかった。そのこともあって、街中を彩る恋人たちに便乗してみようかと思ったのだ。撮影の合間に、人でごった返す街へと繰り出して一際目を引いたブティックでプレゼントを買った。初めてのクリスマスプレゼントを渡すために、黄瀬は自宅ではなく恋人の家へと向かっている。





赤司家が所有する高層マンションの一室に、赤司は住んでいる。防犯設備もしっかりしたものであるが、赤司の恋人ということで住人でない黄瀬にもオートロックのカードキーが与えられていた。エントランスを抜けエレベーターに乗り、目当ての階のボタンを押せば、赤司の部屋まではあと少しだ。
音をたてないように扉を閉めて靴を脱ぎ、リビングへと向かう。明りは点いているけれど、物音はしない。廊下とリビングを隔てていたドアをそっと開けて、黄瀬はゆっくり息を吐きだした。柔らかな絨毯の上には、酒瓶が転がっている。テーブルの上には、グラスに注がれたシャンパンと、少しだけ齧られたチーズののった皿がある。赤司が酒を飲むことは珍しい。人を呼んだ様子もない。一人でクリスマスパーティでもしたのだろうか。家主は、大きな革張りのソファで静かに寝息をたてていた。


荷物はそっと絨毯の隅におろして、黄瀬は赤司に近付く。成長していくらか線が鋭くなったけれど、元々が童顔だったからだろう。眠る赤司は実年齢よりも幼く見えて可愛らしい。ゆっくりと、前髪を手で梳いてみる。アルコールを摂っているからか、普段なら僅かな接触でも目を覚ましてしまう赤司の瞼が持ち上がる気配は無い。
お酒弱いのに、今日は飲んじゃったんスね。整った寝顔を微笑ましく思いながら、黄瀬はポケットに入っている箱を取り出した。コンパクトな白い箱を開けると、そこに現れた細身の指輪を丁寧に掴む。赤司の腹の上にあった左手をそっと持ち上げて、薬指へと指輪を通した。綺麗に爪の切り揃えられた指先、第一関節、第二関節を過ぎて、指輪はぴったりと根元にはまる。金色の指輪。王様の色。赤い色を持つ赤司にこれほど似合う色は無いと、黄瀬はそう思ってこの指輪を買った。
赤司が身じろぐ。起こしただろうか、と身構える黄瀬をよそに、再び寝息が聞こえ始める。ほっと静かに息を吐き出して、黄瀬は赤司の左薬指、金色の輪っかの上に口付けた。リップ音もたてずに落としたそれは、黄瀬のものだというお呪い。こんな束縛するような行為は浅ましくて、赤司が起きているときになんて出来そうになかった。


そっと指輪を撫でて、立ち上がる。帰ろう、と踏み出した足は、それ以上進まなかった。強い力で、上着を掴まれたからだ。

「涼太」

眠っていたはずの赤司が黄瀬を呼ぶ。

「僕に挨拶もせずに帰るなんてこと、許すはずがないだろう」

黄瀬を見つめる赤司の双眸は、鮮やすぎるピジョン・ブラッドだ。ソファから身を起こして、赤司は黄瀬の正面へと立つ。学生の頃に比べたら身長差は随分と縮まったけれど、それでもまだ赤司の方が少し低かった。

「……あの、メリークリスマス、赤司っち」

「メリークリスマス。素敵なプレゼントをありがとう」

薬指の細い指輪をなぞりながら、赤司は言う。金色。お前の色だな。
そうして、赤司は左手を持ち上げて冷たい無機物へと口付けた。ちゅ、とリップ音がする。黄瀬がついさっき、唇を触れさせた場所と同じだ。それに気付いた黄瀬が、微かに頬を染める。

「指輪じゃなくて、」

そこで言葉を切って、赤司は黄瀬へと左手を伸ばした。頬に、赤司の手が触れる。温かな掌と冷たい金属が肌を擦って、ぞわりと背筋が震えた。
ゆっくりと、赤司は黄瀬の柔らかな唇を親指でなぞる。

「僕にキスしてくれないか」

鮮やかな赤色に、黄瀬は吸い込まれそうだった。火照った頬をもう一度撫でられて、観念したように飴色の瞳を閉じる。指輪と同じ金色の睫毛が僅かに揺れるのを目にしながら、赤司は少しだけ背伸びをして、愛しい恋人へと口付けた。



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赤黄でクリスマス。タイトルお借りしました:LUCY28

2012.12.23.

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