※黒子視点。


黄瀬君はよく涙を落とす。
モデルという仕事柄なのか、彼は感受性が豊かなのだろう。痛みを感じてはその瞳を潤ませ、美しいものを見るとどこまでも透明な雫を零していたことを覚えている。



sugary candy




「ほんと、久しぶりっスねぇ」

体育館入口の僅かな段差に腰かけて、黄瀬君はそう口にした。長い足を伸ばしたまま、手には先程火神君と1on1をしたときのボールを持ってくるくると弄んでいる。
他の部員たちは既に部室へと戻ってしまっていて、広い体育館は静寂に包まれていた。聞こえてくるのは、晴れ渡った空の下を飛ぶ鳥の鳴き声と、黄瀬君の指がボールと触れ合う音ばかりである。
見慣れない青色のブレザーを脇に置いて、水色のシャツにネクタイを緩めた姿で彼は目を細めた。綺麗な金色の瞳が、深みを帯びて揺らめく。

「会いに来て良かったっス」

黄瀬君はふにゃりと微笑って、バスケットボールに額を当てて膝を抱えた。

「黒子っちが、またバスケやってて良かった……っ」

俯いているのに加えてさらりと流れ落ちる金髪で、黄瀬君の表情は隠されて見えない。オレンジ色のバスケットボールを掴む手が僅かに震えているのが視界に入って、ボクは彼の名を呼んだ。

「黄瀬君」

ボクが呼ぶとすぐに顔を上げるのは、中学の時教育係をしていた名残なのだと思う。パッと素早くボールから離された顔がこちらを向く。潤んだ金色の瞳からとても綺麗な雫が一つ落ちて、水色のシャツに染みを作った。

「泣いているんですか」

白い頬に伸ばした手に擦り寄って来る様は、まるで子犬のようだ。こちらを見つめる黄金色の双眸がゆっくりと瞬いて、新たに水の膜が張るのが分かる。

「黄瀬君の目は、鼈甲飴みたいですね」

「飴、っスか?」

「ええ。舐めても甘いでしょうか」

「え、っ」

彼の頬に添えていた手とは反対側の手も伸ばして、黄瀬君が動かないように顔を固定した。
何をされるのか分からなかったというのもあるだろうけれど、彼は元々慣れ親しんだ相手には従順だ。抵抗など全くなく、ボクが顔を寄せるのにもただその綺麗な瞳をより一層大きく瞬かせるのみである。
ちゅ、と目尻に浮かんでいた涙を吸えば、それは当然のごとくしょっぱかった。

「塩辛い、です」

「そ、そんなの、当たり前に決まってるじゃないスか……!!」

火の出そうなくらい勢いよく顔を真っ赤にさせた黄瀬君を見て、ボクは微笑う。

「涙、止まりましたね」

その金色の飴のような瞳を覆う水は確かに綺麗で、いつまでも見ていたいものだ。中学時代の部活のレギュラーたちは、自分も含めて黄瀬君の涙を見たいがために少々ひどいことをしたのも事実である。
だからこそ、ボク以外と接触する可能性のある誠凛の敷地内で、いつまでも泣かせておくわけにはいかなかった。

「久しぶりに一緒に帰りますか?」

そう問うたボクの言葉に、赤くなった頬を懸命に摩っていた黄瀬君は、黄金色の目を一層きらきらと輝かせて立ち上がる。

「はいっス!!」

嬉しそうに細められた瞳は固まる前の鼈甲飴のように蕩けそうで、そしてとても甘そうだった。






2012.08.17.

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