0日目


どんなに部活で疲れているといっても、階段を使わなければ自宅のあるマンションの上階までは辿り着けない。マジバで別れたばかりの黒子と通話しながら一段一段階段を上がり、携帯電話を左手に持ち替えて右手で鍵を鍵穴に差し込んだ。ガチャリ、と日常的に聞いている音が響いて、鍵が開く。

「んと、じゃあ、来週が練習試合ってことでいいんだよな?」

『はい、そうです』

日程確認のための電話だった。マジバでやればよかったものを、あまりの空腹で目の前に積まれたチーズバーガーに夢中になって忘れてしまっていたのだ。
ドアを開け、靴を脱ぐ。真っ暗な廊下に照明をつけてリビングまで進むと、カーテンの引かれていない窓から月光が射しこんで室内は明るかった。あるはずのないものを視認できてしまうほどに。

「アレックス……?」

キラリと光るどこか眩しさを感じさせる金色のものは、アメリカにいるアレックスのことを思い出させた。

『火神君?』

未だ電波が繋がったままの携帯電話の向こうから黒子の声が聞こえてきたが、それどころではない。白い布のようなものを纏った人影がゆらり、と動いた。黄金色だと思われる髪の影になって、顔は見えない。
夜に、白いものを着たものが、一人暮らしのはずの俺の部屋にいる。それだけで、俺の頭は正常な動作を放棄したようだった。幽霊、という二文字がおどろおどろしい字体で脳内に浮かび上がる。

「〜〜〜〜〜〜っ!!」

『え、火神君!?』

声にならない悲鳴を上げて、俺はそのまま気を失った。







◇◆◇








「――み、くん、火神君!」

ゆさゆさと揺さぶられる感覚で目を開けば、薄い色の瞳が俺を覗き込んでいた。

「黒子……?」

「急に様子がおかしくなったから、心配しました」

わざわざ様子を見に来てくれたらしい。黒子に礼を言って、上半身を起こす。そして、固まった。
黒子の隣に、金髪の人間がいる。俺の脳が幽霊だと認識したやつに違いなかった。
黒子がつけてくれたのだろうリビングの照明によって、そいつの姿ははっきりと見える。体の一部が透けているなんてこともない。着ているものが白い布一枚だということ以外は、同じ年くらいの普通の少年に感じた。

「火神君ってやっぱりブロンドフェチだったんですね。こんなに綺麗な人を囲ってたとは知りませんでした」

「やっぱりって何だよ!カコッテルって何!?……俺が帰って来たらいたんだよ、泥棒じゃねーのか?」

黒子の言葉に首を捻りつつも、警戒した目で金髪を見遣る。同じようにこちらを見つめて来る双眸は、今にも蕩けそうな蜂蜜色だった。

「泥棒じゃないと思います。それに、人間でもありませんよ」

「は?」

「ほら」

人間じゃないという一言に幽霊かと肩を揺らす俺の手をとって、黒子は金髪の胸元へと触れさせる。薄い布一枚越しの、左胸の上だ。しっかりと、実体があるのを確認する。

「何も感じないでしょう」

心臓の真上にあるはずの俺の掌には、何の鼓動も伝わってこなかった。








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