少しだけ


あ、と何かを思い出したかのように小さく声を上げた黄瀬を、どうしたんだ、と赤司は見遣った。
ぴちゃん、と天井から水滴が落ちて音を立てる。身じろいだ黄瀬の動きか、上から垂れた滴かのどちらかが、広い湯船に細波を作り出した。

「征十郎さんは、俺を食べるんスか?」

どこか居心地悪そうに膝を曲げて縮こまる黄瀬を見て、赤司は思わず微笑んだ。
黄瀬の僅かばかりの不安を表すようにちゃぷちゃぷと湯が揺れるのに合わせて、見目が良いからと浮かべられていた庚申薔薇も踊るように動いて揺れる。

「僕が涼太を食べるって、誰かに聞いたのかな」

赤司の言葉に、うぅ、っと小さく唸りながら黄瀬はお湯の中に鼻までを沈めてしまった。蜜色の髪が水の中で揺らめく様が美しい。
黄瀬に問いかけるまでもなく赤司は分かっていた。月が一度満ちて欠けるまでの時間を一緒に風呂に入り同じ布団で寝ているのだから、赤司が黄瀬に手を出していないのは青峰でなくとも不思議に思っているだろう。聖人君子だと、龍神の赤司にとっては皮肉な言葉をかけられているかもしれない。
青峰だけでなく、緑間にも言葉を選びながら訊かれたことがある。いつ頃黄瀬の成長を止めるつもりなのか、と。
そう、成長だ。
赤司が未だに黄瀬を喰らわない理由である。
豊かな食事は、黄瀬の貧相な体を少しずつではあるが年相応のものへと変化させつつあった。風呂に浮かべた花の香りが移ったのか、はたまた黄瀬自身の体が薫っているのか、良い匂いのする黄瀬を腕の中に抱き込むと喰らいたいという欲求が出て来て眠れたものではない。
それでも赤司は悩んでいた。
赤司が黄瀬と交わるということは、黄瀬は人ではなくなるということだ。そこで成長は止まってしまい、赤司の傍にいる限り黄瀬は不老不死になる。止まった先の成長を見たいじゃないか、というのが赤司の主張だ。
そして、できることなら、黄瀬が最も美しいところで時間を止めたい。
そう語った赤司に、緑間は理解できないという顔をした。黄瀬はいつだって美しいだろう、と眉間に皺を寄せながら呟いた緑間の言葉には同意したが、未だに赤司は悩んでいる。

「食べないっスよね……?」

「そうだね、痛くするつもりはないよ」

にっこりと、赤司がそれはもう綺麗に微笑んでみせたものだから、黄瀬はつられて笑ってしまった。
食べることを否定されたわけではないのに、安心したように抱え込んでいた足を伸ばす黄瀬を、可愛いなぁ、と思いながら赤司は小さく呟く。
今は食べないけれど、味見くらいならいいかな。その言葉は、赤司が黄瀬へと手を伸ばしたときに立てたお湯の音でかき消されてしまった。
するり、と頬を撫でる、湯に浸かっていたというのにひやりと冷たい赤司の手が火照った顔には気持ち良くて、黄瀬はゆっくりと目を閉じる。それに笑みを深くして、赤司は黄瀬の形の良い唇を食んだ。

「ん、ぅ?」

黄瀬は閉じていた目を開いて、赤司の、随分と近いところにある左右で色の違う瞳を見る。
これはなぁに、とでも言いたげな黄瀬の様子に赤司は喉の奥で笑ってから、触れていただけの唇に舌を這わせて、そうして体を離した。

「……征十郎さん?」

「そろそろ上がろうか」

首を傾げながら風呂から上がる黄瀬を見ながら、それほど我慢はできないかもしれないな、と赤司は冷静に思う。
唇に触れただけだというのに、恐ろしく甘美だった。
唇を合わせるだけのつもりだったのに、舌を這わせてしまった。そのまま口内を蹂躙して、この場で喰ってしまうところだった、と赤司は整った顔を僅かに顰める。
そんなことをすれば、今は安心しきっている黄瀬が怯えてしまうではないか。
味見はこれを最後にしよう、次にあの柔らかい唇に触れるのはあの子を喰うときだ、と心に決めて、赤司は風呂を出る。
後には、湯に浮かんだ薄紅色の庚申薔薇がゆらゆらと揺れていた。







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