お守り渡し


「緑間っちって、翡翠なんスか?」

大きな夕日が山に姿を隠そうとしている頃、緑間の部屋を訪れて尋ねた黄瀬に、緑間はゆっくりと瞳を瞬かせると部屋の中へと客人を招き入れた。
黒子にでも緑間の正体を聞いたのだろうか。黄瀬の様子から察するに、翡翠というものを見たことがないのだろう。
整頓はされているがありとあらゆるものが整然と並ぶ物の多い部屋の真ん中へと黄瀬を誘導して座らせた緑間は、ちょうどよかったのだよ、と小さく呟いて部屋の隅に置かれた箪笥の引き出しを開けた。
古めかしい桐の箪笥の一番上の小さな引き出しの中には、真綿に包まれた緑の濃い翡翠がある。緑間は桃の種ほどの大きさのそれを、手を出すようにと促されて水を掬うように両手を広げていた黄瀬の掌の上へと置いた。
ころりと、白い肌に濃い緑が転がる。元々、黄瀬に渡すつもりだったものだが、あまりにも黄瀬の肌色に映えていたので緑間は眩しげに目を眇めた。

「これが翡翠だ。お前にやろう」

「え、くれるんスか?」

「あぁ」

掌に載った翡翠を、少し触れただけでも割れてしまうような壊れ物のように見つめて、黄瀬はうっとりと琥珀色の双眸を細める。きれい、と舌っ足らずに呟かれた言葉がどこか気恥ずかしくて、緑間は黄瀬から視線を逸らした。
そろそろ黄瀬が赤司に呼ばれる頃だろうか、と外を茜色に染めて落ちていく陽を見ながら考える。目の前の子どもの美しい顔を、緑間だけが見ているのは申し訳ない気がしたのだ。

「何で、俺に?」

こんなに綺麗なものをもらっていいの、と尋ねる黄瀬に、逸らしていた目を合わせて緑間は口を開いた。

「お守りなのだよ」

おまもり。そう呟く黄瀬の言葉は、やはりどこか舌足らずである。
緑間が初めて目の前の少年と会ったのは、黄瀬がこの屋敷へと連れて来られた夕方のことだった。黒子に手を引かれた黄瀬は、せっかくの美しい顔だというのにみすぼらしい体つきをしており、赤司が用意したのだろう菫色の上等な着物の方が主役のように見えた。黒子に紹介された黄瀬に向かって緑間が名乗ると、人の子には珍しい色の瞳を細めてとても嬉しそうな顔をした。
その顔が好ましいと緑間は感じたのだった。人間を娶るなど赤司も馬鹿なことを考える、と思っていたのだが、これがその花嫁だというのなら悪くない、と。
それから、自室の箪笥に眠っている翡翠のことを思い出した。何かに使えるかもしれないと、赤司と共に都へ下りるときに持って来たものだ。手のひらほどの大きさの翡翠がたくさんある中で、緑間は桃の種ほどの大きさしかないものだけを選んだ。
人間から特別な力があるといわれるそれを黄瀬に渡そうと考えたのは、美しい色の瞳が恐怖に歪むのはもったいないと感じたからに他ならない。
あらゆる災厄から、黄瀬を守ってくれますように。
お守りなどなくても黄瀬は赤司に守られているだろうから、これは自己満足にしかならないことを緑間は解っている。

「緑間っち、ありがとう。大切にするね」

微笑む黄瀬に向かって、緑間は小さく笑い返した。
夕暮れの茜色の光が差し込む部屋の中で、黄瀬の指触りの良い金糸の髪を緑間の左手が優しく撫でる。それは黄瀬が赤司に呼ばれるまでの、ゆったりとした穏やかな時間だった。









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