庭涼み


ぱちゃり、と音をたてて、黄瀬の白い足が水を蹴った。



大きな庭の中心には、これまた大きな池がある。
水を引いているわけでもないのにいかなるときも濁らずに澄んでいるのは、屋敷の主が水の神であるからだろう。その池の水面を覆わんばかりに影を落としている夏椿の大木の下で、黄瀬と黒子は涼んでいた。
二人とも着物の裾を捲り、膝から下を冷たい水の中へと伸ばしている。
透き通った水の中には魚一匹泳いでおらず、水面にはもうすぐ花期を終える夏椿の白い花がいくつか浮かんでいるだけだ。花から離れた花弁が何枚も、水の上を揺蕩っている。
日に焼けていない白い首筋に汗を浮かべている黄瀬の頬に、黒子はゆっくりと手を伸ばした。触れたその手はひんやりと冷たくて、黄瀬は心地よさそうに蜂蜜色の瞳を細めてから、黒子の手を取る。

「黒子っちの手、ひんやりしてて気持ち良いっス。それに、水に濡れてるみたいにしっとりしてる」

ぺたぺたと自分の手が黄瀬に触られていくのを見ながら、黒子は口を開いた。

「山椒魚は、湿っていないと死んでしまうんですよ」

「……黒子っちは、山椒魚なの?」

「はい」

その言葉の通りに、黒子テツヤは人間ではなく山椒魚だった。
元々、赤司が神として祀られている水源地で暮らしていたのだが、祀られるのにも飽きたから都にでも下りようか、という赤司の気まぐれによって選ばれ、こうやって化身し人の名を与えられて黄瀬の前にいる。
赤司を主として暮らしている黒子以外の三人も、種族は違えど赤司が自ら選んで化身させ名を与えたという過去がある。

「青峰っち達も?」

「山椒魚は僕だけです。青峰君は川蝉、紫原君は藤、緑間君は翡翠が元々の姿ですよ」

「ひすい?」

川蝉と藤は分かったものの、翡翠が分からなかった黄瀬は首を傾げた。貧しい暮らしをしてきた黄瀬が、宝石の名など知るはずもない。
ひすい、ともう一度口にしてみた。今まで耳にしたことはなかったけれど、どこか透き通った感じのする美しい響きだ。

「とても綺麗な石のことです。緑間君に頼んだら見せてもらえると思いますよ」

「うん、緑間っちにお願いしてみるっス」

興味深げに綺羅綺羅と瞳を輝かせる黄瀬に向かって微笑むと、そろそろ部屋の中に戻りましょうか、と黒子は言った。
金色の髪に隠れる首に浮いていた汗は引いている。あまりに長い間水に足を浸けていては、黄瀬の柔らかな膚はふやけてしまうだろう。
先に池から上がった黒子が、黄瀬が立ち上がるのに手を貸した。それから、彼の足元に膝を付いて膝まで濡れた造り物のように白い足を手拭で拭いていく。
自分でやる、と言った黄瀬を、世話係ですから、の一言で黙らせて以来、黄瀬が水に濡れたときは必ず黒子が拭いてやっていた。
膝の裏を撫でる手拭がくすぐったいのか、恥ずかしそうに頬を染める黄瀬が愛らしい。湯浴みの後もこうして水分を拭ってやりたい、と少しだけ考えてしまって、ゆっくりと首を横に振る。

「黒子っち?」

足を拭く手が止まったのを不思議がって呼びかけた黄瀬に笑いかけて、黒子は目を伏せた。出過ぎたことを望んでしまった己を、言葉を以って戒める。
湯浴みの後の黄瀬の体を拭くのは赤司の役目であり、黒子が手を出せるものではないのだから。










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