旦那さまのもの


屋敷の一番奥にある綺麗な絵の描かれた襖の向こうが赤司の部屋だと告げて、黒子は黄瀬から離れた。ここから先は、赤司に呼ばれた黄瀬しか入れない。
失礼します、と黄瀬が小さく呟いて襖を開けば、広い部屋の真ん中に赤い髪の青年が座っていた。

「こちらへおいで」

優しく響く声に誘われて丁寧に襖を閉めた黄瀬は、出来るだけ失礼のないように気を付けながら赤司の正面へと座る。
近くで見る赤司は、人形のように整った顔をしていた。白緑の着物を優雅に着こなしたその人は、色の違う双眸で黄瀬を見つめる。

「征十郎さん……?」

「そうだよ、涼太、僕のお嫁さん。テツヤとは仲良くなれたかい?」

大きく頷く黄瀬に微笑むと、赤司は手を伸ばして黄瀬の頬に触れた。真珠のように白く滑らかな肌を撫で、黄金色の髪に隠れていた形の良い左耳を親指でなぞる。

「……僕のものだという印をつけたいね。涼太、目を瞑って」

言われるままに目を閉じる黄瀬の左耳に、ちりっとした痛みが走った。それもほんの一瞬のことで、赤司が優しく撫でていった耳を触る。耳たぶに何か輪のようなものが付いていて、黄瀬は慌てて触れていた手を離した。
綺麗に双眸を細めた赤司が微笑って、金色の髪を丁寧に梳く。

「ただの耳飾りだよ。よく似合っている」

光の加減によって色を変えるそれは、龍である赤司の鱗から作り出されたものだ。日本はもちろん、南蛮にも同じ物は無い。世界でただ一つの耳飾りは、付けている黄瀬が赤司のものであるということを主張している。
今日はここまで、もうお帰り、と言う赤司に向かって、黄瀬は初めて笑みを見せた。

「ありがとうございます」

両親が死んでから長らく褒められていなかったから、赤司の言葉が嬉しかった。黄瀬が見たこともないほど美しい人で、優しく紡がれる声は心地好い。そんな赤司の“お嫁さん”になれて良かった、と黄瀬は思った。





金色の少年の笑顔は、赤司を十二分に満足させた。黄瀬の出て行った襖をしばらく見つめて、それから立ち上がる。
ひと月ほど前、川に足を浸けて遊んでいる黄瀬に見惚れたのは水の神でもある赤司が長年生きてきて初めてのことだった。美しいと持て囃される娘は数え切れないほど見てきたのだが、黄瀬ほどに目を奪われる人間はいなかったのだ。欲しい、自分のものにしたい、と強く思った。
水に関する名を持つ子だと知り、赤司はますます黄瀬が愛おしくなる。
それに、黄瀬の格好はとてもみすぼらしかった。継ぎ接ぎが最早役目を果たしていない襤褸同然の着物を纏い、その体は痩せこけている。可愛がられもしない子ならば、いっそのこと僕が貰ってやろう、と赤司はそう考えたのだ。
その村を含む一帯には、水に関わる災害に見舞われたならば龍神に花嫁を差し出す、という伝承がある。この伝承を上手く利用して、赤司は黄瀬を手に入れることに成功した。

「何だ、喰ってねぇのかよ」

部屋から廊下に出た赤司に声をかけたのは、青峰であった。黒子と同じように彼もこの屋敷の住人の一人で、赤司を主人としている。

「お前はカワセミのくせに、とても下卑たことを言うね」

「今に始まったことじゃねーだろ。何で喰わねぇの、けっこう綺麗じゃん」

そう続ける青峰と並んで廊下を歩きながら、赤司は口を開いた。

「初対面でそんなことをしたら、涼太が僕を恐れてしまうだろう。散々甘やかして信頼させすっかり安心させてから、頂くよ。それに、もう少し健康的な体になってくれた方が美味しそうだ」

主人の言葉に大きく目を見開いてから、青峰は腹を抱えて笑う。

「あんたもけっこうえげつねぇこと考えてんだな、神様のくせに」

「お前に合わせてあげたんだよ」

そう言う赤司の口元も、両端が綺麗に吊り上がっている。
何としてでも欲しかった綺麗な人の子を手に入れて、赤司は普段よりも遙かに気が高ぶっているのだった。





大きな屋敷の庭に植えられた百日紅の花が咲き始める季節。
そのお屋敷の主にとても綺麗な花嫁が来たと時を同じくして、ある村を苦しめていた水害がようやっと収まった。村人たちは、細々と貧しい生活を営んでいく。親のない少年が一人、水を司る神への生贄となったことも、彼らはすぐに忘れてしまった。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -