お目覚めですか


ゆっくりと瞼を持ち上げた黄瀬が最初に見たのは、綺麗な木目の天井だった。もう一度瞬けば、枕元に座っている人が目に入ってきて驚いてしまう。

「おはようございます」

「え、と、おはようございます……?」

慌てて寝かされていた布団の上に起き上がって正座をすれば、白湯の入った湯のみが渡された。有り難くそれを受け取って一息つき、ようやく己が広い座敷にいることに気付く。
夢だろうかと頬をつねり、痛みに涙を浮かべながら自分の体を見下ろした。着物はあんなに重かった白無垢ではなく、ただの白い寝巻へと変わっている。

「龍神様の花嫁になったことは覚えていますね?」

そう問われて、黄瀬は頷いた。
水色の髪に水色の瞳を持つ目の前の男の声は、黄瀬が川の中で意識を失う直前に聞いた気がする。
 
「ここは龍神様の御屋敷です。君は今日から、ここで暮らすことになります。そして僕は君の世話係を任されました。よろしくお願いします」

「ちょ、ちょっと待って……!」

水色の男に一気に告げられ、黄瀬は戸惑って声を上げた。分からないことばかりで頭は混乱しているけれど、何よりも優先して訊かなければならないことはただ一つ。

「あの、あなたの名前は?」

黄瀬の問いかけに、清流のように澄んだ色をした瞳が緩やかに見開かれ、大きく瞬く。黒子テツヤです、という声は、優しい笑みを含んでいた。





「僕の他にも、三人の同居人がいます。彼らについては、会ったときに改めて紹介しましょう」

「はいっス」

黒子の言葉に頷く黄瀬は、会話の内容に興味があるというよりも人と話すことが楽しくて仕方ないようだった。些細なことにも相槌を打ち、にこにこと黒子の言葉の先を待っている。

「それで、龍神様、僕たちの主人で君の旦那様ですが、名前は赤司征十郎といいます」

「赤司っちっスね!」

黒子を呼んだ時と同じように名前に珍妙なものをつけた黄瀬を見て、世話係は僅かに眉を顰めた。

「黄瀬君、それは駄目です」

「え、駄目っスか?」

「“征十郎さん”と呼んで下さい。そう呼ばなければ、世話係の僕が叱られてしまいます」

「征十郎、さん……?」

復唱する黄瀬に頷いてみせ、黒子は仕上げとばかりに帯を結ぶ手に力を入れる。黄瀬が小さく呻いた気がしたが、然程苦しくはないはずだ。
これまで会話を交わしながら、黄瀬のために用意した着物を着せてやっていた。白無垢とは違い、菫色の男物の着物である。黄瀬の黄金色の髪と瞳がよく映えるそれに満足して、黒子は部屋を出るように促した。

「さぁ、君の旦那様に会いに行きましょう」

そこで初めて、黄瀬が躊躇いを見せる。出された握り飯を何の疑いもなく食べ、されるがままに寝巻を脱がされ着物を取り替えられた黄瀬が、だ。
どうかしましたか、と尋ねる黒子の着物の袖を小さく引いて、黄瀬は恐る恐る口を開いた。

「俺、食べられちゃうんスか?」

「は?」

「どうせ喰われるのだから、って言われたっス」

顔を青褪めさせる美しい人の子を見遣って、黒子は溜息を一つ吐き出す。黄瀬は、恐らく、鋭い歯でばりばりと頭から食われてしまうのだ、とそう思っているのに違いない。

「大丈夫ですよ、黄瀬くん。龍神様は、人を食べたりなどしません」

「本当っスか?また、黒子っちとお話出来る?」

「出来ますよ。僕は君の世話係なんですから」

その言葉に黄瀬はすっかり安心してへらりと微笑むものだから、黒子は出かかっていたもう一つの言葉を急いで飲み込んで胃の腑の奥へと押しやった。

(――別の意味でなら、喰われてしまうかもしれませんが)






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