「高尾っちに会いたいっス」 黄瀬が小さく呟いた言葉に、緑間と桃井は顔を見合わせた。すぐに会えるよ、と桃井は小さな子供にするように金色の頭を撫で、あいつは仕方のないヤツなのだよ、と緑間は言葉を漏らす。 胸の出血が止まるとすぐに緑間の屋敷に移された黄瀬は、十分な手当を施されて三日三晩眠ったのちに目を覚ました。それから二日経った黄瀬の胸には瘡蓋や引き攣れたような跡も残っておらず、桃井が大げさに喜んだのは先ほどのことである。 黄瀬は、高尾が天狗の会合に出掛けた日から彼に会っていない。それとは反対に、高尾は黄瀬が眠っているときにやって来て起きる前に帰っていることを、緑間と桃井は知っていた。 黄瀬の顔を見ずにはいられないくせに、黄瀬に会うのを恐れている。 人でもなく妖でもない中途半端な存在にしたことを咎められるのではないか、と高尾は勝手に怯えているのだ。 「夕方には高尾が迎えに来るのだよ」 「そうだよ、きーちゃん。だから、着替えようね」 白い寝巻を着ている黄瀬の前に、桃井が杜若色の着物を差し出した。 自分の物でもなく仕立てたばかりに見えるそれに目を丸くして、黄瀬は慌てて首を横に振る。 「俺、お金も何も持ってないっス!」 「遠慮する事は無い。快気祝いだ」 「きーちゃんは青色の着物が似合うって高尾君も言ってたよ。着替えたら、一緒におやつ食べよう」 頭を撫でてくれる緑間とにこにこと笑う桃井を交互に見て、黄瀬はおずおずとお礼を告げる。 いつか二人にもお返しする、と心に決めて、杜若色の綺麗な着物に手を伸ばした。 高尾が黄瀬を迎えに来たのは、町中が茜色に染まる時分だった。 いつか来た時と同じように緑間と桃井に別れの言葉を告げて、夕焼けに染まった道を並んで歩く。一言も喋らない高尾に不安になって、黄瀬は隣の黒い着物の袖を軽く引いた。 「高尾っち、」 名前を呼んだはいいものの何を言うか考えていなかった黄瀬が困った表情を浮かべたのを見て、高尾は口を開く。 「ごめん」 「え?」 「涼ちゃんを、半妖にしちゃって」 そう言って悲しげに笑う高尾に、黄瀬は戸惑った。 謝られるとは思っていなかったし、どちらかというと謝らなければならないのは己の方だ。勝手に怪我をして、高尾のくれた勿忘草色の着物もダメにしてしまったというのに。 「謝らないでくださいっス!!」 言葉を発した黄瀬自身が驚くほどの大きな声に、高尾は目を丸くした。 「俺、高尾っちに二回も助けてもらって、どれだけありがとうって言っても言い足りないくらいなんスよ。まだ全然何のお礼も出来てないし、あのまま刺されて死んでたら絶対未練ばっか残って黄泉の国にも行けなかったと思う」 そこで一つ息を吐いて、黄瀬は茜色に染まる高尾の黒い瞳を見つめる。 「それに、俺、高尾っちが好きだから、人間のときよりもずっと長い時間一緒にいれるってことが嬉しい。高尾っちには、すごく迷惑かもしれないっスけど、」 感情が高ぶった黄瀬の鼈甲の瞳から、透明な雫が一つ落ちた。 それに気付いた高尾が親指で黄瀬の目尻を拭って、そして微笑う。 「迷惑なんて思わない」 ずっと長い間見ていなかった気がする綺麗な色の瞳を覗き込んで、高尾は口を開いた。 「涼ちゃん、これからもずっとよろしくな」 頬に触れたままだった高尾の手に顔をすり寄せた黄瀬が、両方の目からぽろぽろと涙を流しながら笑う。 「ありがとう」 涙声のそれは、どこまでも続く赤い夕焼け空に吸い込まれていった。 → |