じりじりと照りつける日差しの中を、高尾は常盤と並んで飛んでいる。 会合は二日もかからずに終わったのだが、その後の宴会を何とか理由をつけて断るのには難儀したものだ。 もうそろそろ高尾の任されている山地へと差しかかる。余りに急いでいたため黄瀬への土産も用意できなかったことに苦笑を浮かべたのと同時に、隣を飛ぶ常盤が鋭く高い鳴き声で高尾へと異変を知らせた。 常盤の方が高尾よりも年長である分、それだけ異変を察知する能力に長けている。 「常盤さん、どうした、の」 常盤に問いかける途中で、高尾も気付いた。血の匂いがする、それも獣ではなく人間のものだ。 盛大に眉を顰める高尾を見ることもなく、獲物を狩るときのように常盤は急降下して行く。それに倣って、高尾も地上を目指した。 高尾と常盤が地に降り立つのと、金髪の子供を取り囲んでいる人間を目にするのは同時だった。 高尾の目には、男たちの足元に倒れている黄瀬の姿がよく見える。 「真ちゃんを」 そう呟いた声は小さくて怒りで震えていたものの、常盤は聞きとることが出来たようだった。彼女は甲高く鳴いて、舞い降りて来たばかりの空に戻って行く。 その鳴き声に気付いた男たちが、ようやっと高尾の存在を認めたと同時に彼らの生は終わりを迎えた。 突然首回りを撫でるような風を感じたときには、男たちの首は地に落ちていた。赤黒い血が地に垂れて頭を失くした体が地に崩れ落ちる前に、彼らの体は足の先指の先から風化していき元から何も無かったかのように周りは静かになる。 悲鳴の一つも発することなく男たちはこの世から存在を消し、後に残ったのは己の血に濡れた綺麗な人の子だけだった。 「涼ちゃん、」 地面に横たわる黄瀬の隣に跪いて、高尾は青白い顔を覗き込む。 黄瀬に一等良く似合っていた勿忘草色の着物は、胸から流れる血で色を変えていた。左胸に刺さったままの刃物は抜かないほうがいいだろう。 心ノ臓を深く一突きでもされない限り死なない天狗の高尾にとって、今の黄瀬に触ることは怖くて出来なかった。 「高尾っ」 どれほど時間が経っただろうか。常盤の飛ぶ速さと緑間の空間移動の術のことを考えれば、さほど時間は経っていないに違いないのに、高尾にはその時間が今までの生に匹敵するほどの長さに思えた。 名を呼ばれた高尾が振り向く前に、緑間は黄瀬の傍に膝をついて様子を見始める。 黄瀬の胸に刺さっている刃を抜いて、彼は眉を顰めて高尾の方を向いた。 「このままでは黄瀬は死ぬ。心ノ臓は無事だが、如何せん血を流し過ぎているのだよ」 「そんな、真ちゃん、」 人に関することなら何でもできると思っていた緑間にそう言われ、高尾は目の前が真っ暗になるようだった。 黄瀬が死ぬ。まだ14年しか生きてない子供だというのに。 彼が生を終えるときまで面倒をみると決めたのは高尾だったけれど、その終わりがこんなに早くていいはずがない。 「だが、黄瀬を生かす方法もある」 「本当に!?」 勢いよく顔を上げた高尾の顔を見ながら、緑間は口を開く。 「お前の血を分けてやればいい」 「真ちゃん、何を言って……」 天狗である高尾の血を分け与えるということは、黄瀬は人ではなくなるということだ。 かといって完全な天狗になれるわけもなく、人でもなく妖でもない中途半端な存在になってしまう。 「ぐだぐだ言っている暇は無い。ここで死ぬのは運命だと天に黄瀬の命を返すか、お前がそれを引き留めるか。どちらか一方を選ぶしかないのだよ」 緑間の言う通りだった。 高尾が悩んでいる間にも、黄瀬の顔色はどんどん紙のように白くなってゆくばかりだ。 (涼ちゃんの目、もっかい見たいなぁ) そう思った。どんな宝玉にも勝る鼈甲の綺麗な瞳をもう一度見たい。 瞳だけじゃない。黄瀬の、甘い蕩けるような笑顔をもう一度見たかった。 (ごめんね) 高尾は左手首の皮膚を切り、傷に沿って流れだした血を吸って口に含む。そのまま黄瀬の上に覆いかぶさり、薄い唇へと口付けた。口内の血液を黄瀬の口内へと移して、合わさっていた唇を離す。 これを何度か繰り返し、口内に溜まった血を黄瀬が無意識に嚥下したところで、高尾は一つ息を吐いた。 「血は止まったな」 緑間の声に視線を移せば、黄瀬の胸から流れ続けていた血は止まり乾き始めている。 高尾の左手首につけた傷は、もうとっくに塞がっていた。 → |