「……静かっスね」

広い屋敷の中、いつの間にか漏れ出ていた声に気付いて黄瀬は慌てて口を噤んだ。
高尾と常盤が出かけてから二日が経っている。一昨日と昨日で屋敷の隅から隅までを掃除してしまったがために、今日やることが見つからずに手持無沙汰になってしまった。
湯のみを片手にぼんやりすれば、先程のように独り言が出てくる始末である。
寂しい、と思ってしまう自分を叱って、黄瀬は立ち上がった。
寂しいと感じてしまうことは傲慢だ。ただでさえ手間のかかる人の子である黄瀬を養ってくれているだけでも、高尾にはどれだけ感謝してもしきれないというのに。

「薬草でも採りに行こっかなぁ」

再び漏れてしまった独り言には気付かずに、黄瀬は静かな屋敷から逃げるように外へ出た。





両親が薬師の真似ごとをしていたこともあり、黄瀬は高尾に教えてもらうとすぐに薬草とそうでないものを見分けられるようになった。この山でしかとれない薬草は、十分に乾燥させてから緑間に買い取ってもらうことになっている。
歌うように薬草の名前を口ずさみながら青々とした茎を手折っていた黄瀬の耳が、ガサゴソという草の茂みを掻き分ける音を拾ったのは偶然だった。
野犬だろうか、と黄瀬が首を傾げている間にもその音はどんどん大きくなっていき、蔓が絡み合っている茂みを鋭利な刃が裂く。

「あ」

黄瀬が思わず声を出してしまったのは、茂みから現れたのが野犬でも猪でもなく、人間だったからだ。
黄瀬に気付いた四人の男たちも、それぞれが驚いた表情を浮かべた後に顔を歪める。

「黄瀬の鬼っ子じゃねぇか。まだ生きてたのか」

二年前の春、黄瀬が死に物狂いで逃げ出した村の人間に違いなかった。
当時の恐怖を思い出して黄瀬の足が震える。
逃げなくては、と思ったけれど、どこに逃げればいいのだろう。
屋敷に逃げ込むという選択肢は最初からなかった。あれは、黄瀬が守らねばならないものだ。男たちに見つかるわけにはいかない。

「それにしても、えらい上等な着物じゃねぇか。こっちは日照り続きで、食べるもんにも困ってるってぇのに」

「迷い込んだ人の肉を食って、それから着物も剥いだんだろうよ」

にやにやと歪んだ笑みを浮かべていた男たちの表情が凶悪なものに変わるのを、黄瀬は見てしまった。二本の足は棒のように固まったままで、いつまでたっても動いてくれそうにない。

「人を誑かす悪い鬼の血を山の神さんに捧げたら、俺らの村に雨を降らしてくれるかもしれねぇな」

「そうに違ぇねえ」

振り上げられる銀の刃にお天道様の光が反射して、黄瀬の目に焼きついた。







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