落ちる雫


ぴちゃん、ぴちゃん、という雨滴が葉から垂れ石を打つ音で、黄瀬は目を覚ました。重たい瞼を持ち上げ、辺りを見回す。
見たことのない場所だ、まだ夢の中にいるのだろうか。
そう思い体を起こそうとしたところで、布団の周囲を覆っていた几帳の向こう側から男が顔を出した。

「お、目ぇ覚めた?ちょうど良かった、粥が出来たとこだよ」

ちょっと待ってて、と言って姿を消した男は、すぐに手にお椀を持って現れる。

「食べれる?毒なんか入ってないから、安心して」

粥は匙で掬われ数回息を吹きかけられて、黄瀬の口元へと運ばれた。
警戒するように男を見ると、にっこりと微笑みかけられる。ぐうっ、と腹の虫が鳴く。目の前の美味しそうな粥の誘惑に負けて、黄瀬は小さく口を開いた。




「名前は何ていうの?」

すっかり中身の無くなったお椀を横に置いて、高尾は子供の顔を覗き込んだ。
その瞳は、期待していた通りの綺麗な色。これが鼈甲だったなら、かなりの値がつくだろう。

「……りょうた。黄瀬、涼太」

「涼ちゃんね、分かった。俺は高尾和成、そしてこっちが常盤さん」

久々に聞く人の声を嬉しく思いながら、便宜上付けた名前を名乗った。
私も紹介しろ、とばかりに飛んできて几帳の上に止まった常盤の名も教えてやって、高尾は再び黄瀬に視線を戻す。

「涼ちゃんは迷子?麓の村の子かな、送って行くよ」

昨夜、黄瀬の体を拭いて傷の手当てをしている最中に降り始めた雨は、先程止んだばかりだ。
知らない場所にいるのは不安だろうから早く家に帰してあげようと思い口にした申し出に、黄瀬は見る間に青褪めた。小刻みに震え始めた体に驚いて、高尾は慌てて背をさすって落ち着かせようとする。

「えっと、涼ちゃん、ごめんな、」

高尾には分からなかった。とても綺麗な黄瀬の髪や瞳は、他の人間にとって異端であり、迫害の対象となるのだということを。
理由も分からず謝る高尾に、何をやってるんだ、と言いたげな常盤の厳しい視線が突き刺さる。

「もしかして、家出だった?帰りたくないなら、ここにいていいよ。常盤さんも涼ちゃんのこと気に入ったみたいだし」

その言葉に、高尾の袖が小さく引かれた。

「……ほん、とう?」

消え入りそうな声で尋ねる黄瀬に大きく頷いてみせ、高尾は綺羅綺羅と光る指触りの良い髪を撫でる。

「涼ちゃんがいいなら、いつまでもここにいてよ。常盤さんと二人っきりで、俺たち寂しかったんだ」

出来る限りの優しい笑みを浮かべると、黄瀬は顔を高尾の胸に押しつけた。小さく漏れ出る嗚咽と共にくぐもった声で耳に届いた己の名前に、高尾は目を細めて華奢な体を抱きしめる。
ぴちゃん、とまたどこかで雨滴が落ちる音が遠く聞こえた。






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