鷹と天狗


「常盤さ〜ん?」

茂みを覗き込みながら、高尾は一つ溜息を吐く。
常盤というのは大人の男が両手を広げて余り有るほどの立派な翼を持つ鷹である。天狗である高尾が生まれる前から生きているため、親しみと尊敬を込めて“常盤さん”と呼んでいる。
そんな彼女が、餌の時間だと飛び立ったまま一向に戻ってこないのだ。普段ならば、こちらが驚くほど時間に正確だというのに。

(仕方ない、指笛で呼んじゃうか)

高尾が指を口元に寄せた瞬間、羽音を立てながら常盤が目の前に現れた。
どさり、と高尾の足元に鈍く光るものをゆっくりと置くと、彼女はそのまま脇に張り出した木の枝へと止まる。

「ちょっと、常盤さん?なにこれ、光りものに目覚めちゃ……、え?」

烏のように光るものに興味を持ってしまったのだろうか、と目を凝らすと、それは人の形をしていた。慌ててしゃがみ込み、首筋に手を当てて生きていることを確認する。
それは人の子のようだった。光ったと思ったのは髪の毛で、だいぶ汚れているけれど洗えば眩いくらいに輝くに違いない。
固く閉ざされた瞳は開く様子もなく、白かっただろう肌は血と切り傷と痣でひどいことになっている。
ここまで子供を運んできた常盤は、彼女なりに力加減に気を遣ったのだろう。着物越しに体に残った爪跡はごく浅いもので、それ故に生白い足や腕についた傷が余計際立っていた。

「常盤さん、この子迷子なのかな……?」

そう問う高尾に対し、常盤はその名の由来でもある深い色の瞳を以って、早く家の中に運べと言わんばかりに見つめてくる。

(あ、常盤さん大の子供好きだったわ)

そういえば子供の頃はいつも遊んでもらっていたな、と懐かしいことを思い出しながら、高尾は子供を抱きかかえる。身長のわりに、子供は軽かった。
さっきよりも子供の顔が近付いたことで、血や泥で汚れていてもその端正さに目を奪われる。
こんなに綺麗な人の子だ、きっと瞳の色も宝玉のように美しいのだろう、そう考えると、高尾は何だか嬉しくなる。
この山に化け物が出ると噂されるようになって何年経っただろうか。気が遠くなるくらい長い間、高尾は人間と会っていなかった。
久々に人間に会えたことが、触れたことが、ただ純粋に嬉しかった。







第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -