※黄瀬に慣れた桐生と、桐生に慣れない黄瀬


自主練終わり。ざぁざぁと降りだした雨の音に溜息を吐きながら、黄瀬は部室のベンチへと腰を下ろした。一日中晴れの予報が出ていたので、傘は持って来ていない。残念なことに、置き傘もなければ折り畳み傘も無い。スマホで調べたところによると通り雨のようだから、走って濡れて帰るよりも雨が止むのを待つことにした。
暇潰しにと鞄から取り出したグルメ雑誌を何ページか目を通したところで、黄瀬の肩に突然重みがかかる。

「っ、重……っ!?」

視線を横に遣ると、仮にも先輩の肩に腕を乗せて雑誌を覗き込む桐生の姿があった。涼太さんグルメ雑誌とか見るんだ、意外、と呟きながら、桐生は黄瀬の隣へと腰を下ろす。

「……桐生くん、まだ残ってたんだ?」

忘れ物したから戻って来たんすよ、と答えて、数センチ低いところにある黄瀬の顔を覗き込むようにしながら桐生は再び口を開いた。

「涼太さんさぁ、昨日発売した雑誌の写真イマイチじゃね? ぎこちないっていうか、固いっていうか」

「あー、あれ、カメラマンがすごく嫌みな人で……」

上手く笑えなかったんだよなぁ、と黄瀬は呟く。たまたま撮影現場を見に来た事務所の社長がとても怒って、もうあのカメラマンとの仕事は受けない、と言ってくれた。モデルとしては失格かもしれないが、黄瀬はそれが嬉しかった。
それにしても何故、桐生は黄瀬の載った雑誌のことなど知っているのだろう。黄瀬自身が口にしたわけでもないし、昨日発売したものは女性向けだった気がする。
謎だ、と首を傾げる黄瀬を気にすることもなく、桐生は尋ねた。

「明日、何か予定ある?」

明日は休日である。部活も仕事もない。久々に笠松たちに会いたいと思った黄瀬だけれど、笠松も森山も小堀も忙しいらしく三者三様に申し訳なさそうに断られてしまった。
けれど予定が無いといえば、少しばかり苦手なこの後輩によって予定を取り付けられてしまう。そんな黄瀬の葛藤も分かっているという風に、桐生は小さく笑った。笑うときつい目元が柔らかくなって、親しみやすいものになる。ずっと笑顔でいればさぞやモテるだろうに、と要らぬことを考える黄瀬に、桐生は言った。

「桐皇と秀徳の練習試合、一緒に観に行こうよ、先輩」

せんぱい。新入生が入ってきてからそう呼ばれることも多くなって慣れたはずだったのに、桐生のそれは反則だ。普段は“涼太さん”と呼ぶくせに。桐生の黄瀬を呼ぶ“先輩”という聞き慣れないむず痒さに、黄瀬は頬が熱くなるのを自覚した。
それに、青峰のいる桐皇と緑間のいる秀徳の試合を見たくないと言えば嘘になる。そういえば、黒子が以前、桐生はバスケの能力も然ることながら試合の解説も上手い、と言っていたことも思い出した。桐生がどういった試合の見方をするのか、海常の一員として知っておきたいところでもある。

「涼太さん、どうする?」

「行く、っス」

桐生は黄瀬の返事に満足気に頷いた。

「じゃ、明日は桐皇と秀徳の試合見て、俺の家で飯食ってから解散な」

「は、桐生くんの家でご飯……?」

「うん」

黄瀬が膝の上に開いていた雑誌の左のページを指でとんとんと叩いて、桐生は言う。

「ここ、俺の家」

「え」

美味しそうだな、行ってみたいな、と黄瀬が見ていた店は、なんと桐生の家だったらしい。よくよく外観写真を見れば、レンガ風の店舗の二階部分は居住スペースのようだった。雑誌の記者がつけた三つ星が、黄瀬に向かって瞬いたような気がする。
隣の桐生が立ち上がった。外からはまだ、雨音が聞こえている。

「あ、お疲れっス」

帰るのだろうな、と見当をつけて声をかけた黄瀬を、桐生は不思議そうに見下ろした。

「涼太さんは帰んないの?」

「傘が無いんスよ。。通り雨らしいから、止むまで待とうと思って」

「なら、俺の傘に入っていけば?」

「え」

「涼太さんって一人暮らしだよな、家どこら辺? 駅の近く?」

話を進める桐生を止めようと、黄瀬は慌てて立ち上がる。それでも桐生の方が大きいことには変わりなくて、アイビーグレイの瞳に見下ろされた。
どうしよう、何と言えば断れるだろう、と黄瀬が考えているのも知らずに、桐生は言う。

「明日遅刻されても困るし、大人しく俺に送られときなよ」

「……は、い」

何なのだろう、この後輩は。
自分が女の子じゃなくて良かった、きっと桐生は年上キラーだ、とよく分からない思いを巡らせながら、黄瀬は後輩の後に付いて部室を出た。


2013.01.03.


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