※黄瀬に纏わる記憶


桐生がバスケを始めたきっかけは、平均よりも高い身長を誤魔化せないかと考えたからだった。バスケチームに入ればそれなりに紛れて普通に見える身長も、学校に行けば高過ぎておかしいとまで言われてしまう。それを忘れるようにますますバスケに打ち込んで、比例するようにどんどん背も伸びた。
そのためか少しばかり性格が捻くれてしまった桐生を心配したのか、三つ年の離れた姉が一冊の雑誌を差し出した。小学五年生の冬のことだ。この子、あんたの一個上らしいよ、という言葉と共に開かれたページには、キラキラと向日葵のように眩しい髪をした少年が載っている。身長もあんたとそう変わらないし。姉なりに、身長にコンプレックスのあった弟を気遣ったのだろう。
でも、そんな姉の言葉を聞き逃してしまうくらい、桐生は薄っぺらいカラーページで笑う少年に見惚れてしまっていた。子供心に、とても綺麗だと思ったのだ。





一目惚れに近い衝撃を受けて黄瀬涼太ファンとなった桐生は、十二歳の春、帝光中学校へと入学した。当たり前のようにバスケ部へと入部して、事前に調べはしていたもののそのスケールの大きさに驚かされる。百人を超える部員、三軍まである中でレギュラーになることは容易ではないだろう。その中で、スタメンは二年生だというのだから驚きもひとしおである。
そしてもう一つ、桐生と同じクラスの女子が噂していた、黄瀬涼太が一学年上に在籍しているという事実にも驚かされたのだった。家からの距離とバスケの強豪校だという理由で選んだ帝光中に、あの黄瀬涼太も通っているなんて桐生は全く知らなかった。サインをもらえるチャンスはあるだろうか、一度でいいから生で黄瀬を見たい。桐生のその願いは、すぐに叶うことになる。



(え……?)

目に眩しい金髪を見つけた。放課後の部活でのことだ。
一刻も早く二軍に上がって、そして一軍スタメンになることを目標にしている桐生がストレッチをしている目の前を、黄瀬涼太が横切って行った。錯覚だろうかと目を擦り、頬を抓る。視界ははっきりとしたままだし、頬は痛みを訴えた。現実である。いくら黄瀬を雑誌で見慣れているとは言っても直にみるのは初めてで、あまりの眩しさに目を細めてしまったことが悔やまれる。
桐生は隣にいた同級生の服を勢いよく掴んで、おい、あれ、と恐る恐る口にした。

「どうしたんだよ、桐生。え、あれ? 女子が騒いでるモデルだろ、黄瀬涼太だっけ? 何か、バスケ部に入部したみたいだぜ」

お手本のように流麗にドリブルからのダンクシュートを決めた黄瀬を見て、同級生は少しだけ口元を歪めて笑った。

「……あれで初心者ってんだから、驚くよなぁ」





初心者であれだけやれるなんて黄瀬涼太はすげえな、と感心して一層練習に励んだ桐生は少数派のようだった。二週間という短い期間で黄瀬が一軍へと上がる間に部員が何人も減っていることに気付いたが、百人を超える部員がいるバスケ部では然して問題にはなるようなことでもない。
桐生の練習の成果もあり、二軍へと上がったのは夏休みも終わり二学期が始まった頃だった。部活の後も自主練をするために体育館へ残るようになっていた桐生は、ある日、1on1をしている青峰と黄瀬を目撃する。

(あんな顔をするのか……)

汗を流して、悔しがって、もう一回と強請る。雑誌では見たこともないような、とても惹きつけられる表情だった。金色の瞳は好戦的に、目の前の青色を見つめている。
黄瀬涼太にあんな目で見られたい、と桐生はそう思ってしまった。焦がれるような視線を受けてしまったら、どうなってしまうのだろうか。
桐生は青峰が羨ましくなる。黄瀬のあの表情は、きっと、青峰だけしか見れない。



それから、休憩中や自主練中にたまたま目に入る黄瀬涼太を観察して分かったことが一つある。黄瀬は、一軍の中でも群を抜いて強い先輩たちに夢中だ。恋焦がれている、そう表現しても過言ではないように思う。赤司征十郎、青峰大輝、緑間真太郎、紫原敦、そして黒子テツヤ。黄瀬の琥珀色に輝く美しい双眸は、彼らしか映していなかった。





桐生は二年に進級し、念願の一軍に上がった。今までよりももっと身近になった黄瀬涼太の目には、やはりスタメンの面々しか映っていない。その事実に、桐生は多少なりとも苛々してしまう。一目でいいからこっちを見ろ、と女々しく念じてみても勿論効果は無く、鮮やか過ぎるほどの輝かしい色に黄色は捕らえられてしまっている。
ギリギリと歯噛みし、目つきが悪いと常日頃から言われている顔をさらに近寄りがたいものにしてボールを打ち込んでいた桐生に、突然赤司が声をかけた。自主練の時間に、それも主将から話しかけられるなどとは思わず、桐生は慌てて表情を取り繕う。眉間に寄った皺だけは、元に戻せなかった。

「桐生は、黄瀬のことが好きなのか」

黄瀬とはまた違う種類の整った顔で微笑んで、興味深げに赤司は桐生を見つめる。どこまでも見透かされそうな強い光を宿したガーネットの瞳に促されるように、桐生は口を開く。

「……ただのファン、です」

ファンだ、そのつもりだ。紡いだ言葉にはぎこちなさがあったけれど、桐生にはどうしようもない。本人が分からないような気持ちまでをも汲み取って理解したというように、赤司は穏やかに頷いた。練習の邪魔をして悪かった、そう言って赤い色の主将は去って行く。
桐生はムキになって練習していたことが恥ずかしくなり、すこし落ち着きを取り戻して深呼吸をした。眉間を手でゆっくりと解しながら、目を瞑る。紫原のディフェンスを抜けない黄瀬の悔しそうな声が、隣のコートから聞こえてきた。





栄光ある全中三連覇を成し遂げた後の部活に、黒子と青峰は姿を見せなくなった。部内でささやかに流れている噂によると、黒子の方は退部したのだという。
あんなに毎日毎日遅くまで青峰と1on1をしていた黄瀬涼太は、今は大人しく緑間の隣でシュート練習をしていることが多くなっていた。幽霊が出ると噂され、現役部員には全く使われない第4体育館で、引退したばかりの三年生が静かに自主練をしている。黙々とシュートを放つ緑間に、フォームがおかしいのだよと時々指摘される黄瀬は寂しそうな顔をしていた。親に手を離されてしまった子供のようにも見える。それでもまだ、黄金色の瞳に映っているのは、キセキの世代と呼ばれるようになった人たちだけだった。桐生の入り込めるような隙は無い。





年が明けて、春が過ぎ、夏が来る。黄瀬の視界からキセキを押し退ける、というのがちょっとした目標になってしまっていた桐生は、海常高校の黄瀬涼太を見てしばらく茫然とした。インターハイの、青峰が所属する桐皇学園との試合だ。黄瀬も青峰も、ベンチにいる桃井も、中学の時とそれほど変わっていないように見える。
だけど、と桐生は観客席から身を乗り出していた。青峰の模倣をした黄瀬がシュートを決める。会場が沸く。嫌というほど見てきた、主張の激しすぎる色だけを瞳に映した黄瀬涼太ではなくなっている。黄金色は、どこまでも続く広くて深い海の色に染まっていた。



インターハイのあの試合を見て以来、桐生の陳腐な目標はどこかに消えて無くなってしまった。都内のバスケ強豪校の名前を書いていた進路希望調査の紙はぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨て、また新しくもらってきた紙の一番上に海常高校と大きく記す。
今、桐生が望むことはただ一つ。見渡す限りの澄んだ海色に染まる黄瀬涼太と、同じチームで試合がしたい。それだけだ。



***



今まで一方的に桐生が見てきた黄瀬と、そのとき初めて目が合った気がした。新入部員の列の端にいる桐生と、現役生の列の端に立っている黄瀬との距離はかなりあるというのに、琥珀色の双眸は雑誌で見るときと変わらず綺麗なままだ。黄瀬と同じチームでプレイが出来る。今までよりももっと近いところで黄瀬を見て、試合する事が出来るのだと思うと、桐生はまだ入学式を迎えてもいないのにざわざわと血が騒ぐような気がした。



「あの、ちょっと待って!」

新入部員用の練習を終えて部室へと向かっていた桐生を、懐かしくも感じる声が呼び止めた。ゆっくりと振り向くと、そこには黄瀬涼太がいて、名前を教えてくれ、と言う。
あれだけキセキに夢中だったなら後輩の名前を覚えていないのも仕方ないと思う一方で、やっぱり少しだけムカついて生意気な口の聞き方になったことを桐生はちゃんと自覚していた。夕日に照らされる黄瀬は、やっぱり雑誌なんかで見るより何倍もかっこよくてまともに顔を見ることも出来ずにそそくさと踵を返す。生意気な後輩だと思われただろうか、と考えながら、そう思われてもいいか、と桐生は結論づけた。少しでも黄瀬の印象に残るなら、それでいいのだ。


2013.01.03.


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